変革は誰が前進させるのか
By 田村 誠一
日本企業における「担い手不在」と変革統治(CRO/CTO)
多くの日本企業では、変革が進まない理由として戦略の弱さや実行力不足が語られがちである。しかし現実の停滞はそれだけでは説明できない。中期経営計画や重点テーマは存在し、現場にも一定の実行力があるにもかかわらず、全社横断の変革や事業構造の見直しは肝心な局面で前に進まない。構想はあるのに人材や投資が動かず、資源はあっても権限が移らず、権限があっても意思決定が下されない。
変革は明示的な反対によって止まるのではなく、未決のまま積み上がることで止まるのである。本質は変革の必要性が理解されていないことではない。より深い問題は、変革そのものを前進させる主体が曖昧になっていることにあり、この曖昧さは環境変化の同時多発によってより重い代償を伴う。
本稿は、日本企業における変革停滞の本質を、戦略や実行力ではなく、意思決定と実装責任を引き受ける統治主体の不在に見いだし、その空白を埋めるものとしてCRO(Chief Restructuring Officer:最高事業再構築責任者)/CTO(Chief Transformation Officer:最高変革責任者)を、役職名ではなく変革を前進させる意思決定装置として捉え直す必要性を提示する。
変革は「追加業務」ではなく、経営の中核機能になった
かつてであれば、変革は危機時や大型施策の局面において立ち上がる、例外的な活動として扱うこともできた。しかし、今日の企業環境は、その前提を許さない。ローランド・ベルガーがドイツで実施したリストラクチャリング調査によれば、企業を取り巻く主要リスクとして、規制・官僚的負担を挙げる回答が63%、通商・関税対立が57%、地政学的緊張が51%に達している。今後数年で最も高い変革需要が見込まれる産業としては、自動車が95%、機械・設備が59%とされており、構造変化が個別企業ではなく、産業全体の前提を揺るがしている実態が明らかになっている。
この環境下では、変革を「必要になったら立ち上げる特別対応」として扱う発想自体が、すでに時代に合わなくなっている。変革は、本業の合間に進める追加業務ではない。事業ポートフォリオを見直し、投資の重点を組み替え、人材を再配置し、技術基盤を更新しながら、企業価値の源泉そのものを継続的に再定義する営みである。言い換えれば、変革は危機時の応急措置ではなく、経営そのものの一部になった。ローランド・ベルガーが変革を「新たな常態」と位置づけていることの意味は、まさにそこにある。
この認識は、日本企業にとってとりわけ重い。日本企業では、変革が依然として「通常業務に加えて推進するテーマ」として扱われることが少なくない。しかし、変化の頻度と密度が上がった現在、その発想は、統治の設計不全を固定化する。なぜなら、追加業務として扱われた変革には、追加の熱意は与えられても、追加の責任と権限は与えられないからである。結果として、変革はいつまでも“重要だが後回しにされる仕事”のまま残り、組織の空白領域に滞留する。変革を本当に前に進めるには、まずそれを「経営に内在化された恒常機能」と捉え直す必要がある。
変革は「進行管理とエスカレーション不全」で止まる
日本企業における変革停滞は、「やらない」という意思決定の結果ではない。むしろ、「決まらない」ことの帰結として生じる。全社最適で判断すべきテーマが、部門の利害や既存事業の論理の中で分解され、重要な論点が未決のまま積み上がる。実証実験は進むが本格展開に至らず、再編の必要性は共有されていても着手順が定まらない。業務改革は始まっているのに制度改定が追いつかず、組織再編の方向は見えているのに人材配置の決裁が止まる。こうして変革は、反対論によって止まるのではなく、未決の累積によって静かに失速する。
ここで見落としてはならないのは、変革が止まる理由が「戦略の曖昧さ」よりも、「運営の不在」にあることだ。実際に変革が機能している組織では、その中核に置かれているのは、説明責任と透明性を担保し、重要な意思決定を先送りさせないエスカレーション(上位判断への引き上げ)の設計である。つまり、変革は「何をやるか」で差がつくというより、「誰が、どの頻度で、未決を潰し続けるか」で差がつくのである。進捗会議が存在していても、それが単なる報告の場に終わっていれば意味は薄い。本来必要なのは、ボトルネックを可視化し、遅延が起きたときに誰がどのレベルまで裁定を上げるかを決めた、明確な運営機構である。
この点は、日本企業が長年抱えてきた「意思決定の詰まり」と真正面からつながる。中計と実装の断絶、企画と現場の分断、全社テーマの責任回避は、すべて同じ構造の別表現と言ってよい。多くの変革は、構想段階で止まるのではない。むしろ、重要論点が未決のまま滞留し、部門横断の依存関係が解消されず、進捗の説明責任が曖昧なまま時間だけが経過することで失速する。変革の難所は、戦略そのものよりも、未決を減らし続ける運営機構の不在にある。そして、ここに単なる企画機能でもPMOでもない、より強い統治主体が必要になる。
CRO/CTOは「価値実現の統治責任者」である
変革が止まる背景には、変革課題が既存組織の責任境界の外側に置かれやすいという構造がある。事業責任者は自部門の収益責任を優先する行動原理で動き、本社機能は横断調整こそ担うものの、事業間の優先順位を最終的に裁く立場にはなりにくい。
CEOは全体最適を担うが、複数の変革テーマの実装論点を日常的に追い切ることは難しい。結果として、変革は「重要であるにもかかわらず、誰のKPIにも完全には帰属しない仕事」となる。全員が関与しているにもかかわらず、最終責任者が空白化する。この構造を放置したままでは、変革は誰かの兼務になり、兼務であるがゆえに優先順位の最後尾へと押しやられる。
この空白を埋めるものとして、CROやCTOという役割が浮上する。ただし、その本質を単なる肩書や推進役として捉えると、議論は浅くなる。変革責任者とは、資料をまとめる人でも、掛け声を出す人でもない。価値創出の仮説から優先順位、資源配分、進捗可視化、論点のエスカレーション、対立の裁定までを引き受ける存在である。すなわち、価値創出を構想にとどめるのではなく、実装まで接続する責任主体である。
CROについても同様である。ローランド・ベルガーがドイツで実施した調査では、92%がCROの起用は再建・再編の成功確率を高めると評価し、その理由として81%が危機対応経験、55%が実行責任の明確化、51%が既存経営への信認不足の補完を挙げている。さらに、CROの役割として最も重視されているのは、88%が「実行の確保と目標達成」、69%がステークホルダーマネジメントである。ここから見えてくるのは、CRO/CTOの本質が「変革を支援する人」ではなく、「変革を経営の明示的責任として引き受ける統治責任者」だということである。
この論点をさらに補強する数値として、同調査では67%が「今後12か月でCRO起用は増える」と見ており、減少を見込む回答はゼロであった。これは、CROが一時的な流行ではなく、変革の難易度が上がる中で、実務の側から必要とされる標準的な機能になりつつあることを示している。重要なのは、CRO/CTOを“何かを推進する役割”としてではなく、価値創出から実装までを一貫して統治する責任主体として理解することである。必要なのは、変革テーマを支援する機能ではない。そのすべてを一貫して引き受ける責任主体である。
変革は「危機対応」だけではなく、「先回り型の価値創造」である
日本では、CROというとどうしても再建・有事対応の色が強く、CTOも場合によってはデジタル変革推進の別名のように理解されがちである。しかし、こうした理解はCRO/CTOの射程を狭め過ぎる。変革責任者の必要性は、危機時に限られない。業績悪化への対処としての再建局面はもちろんだが、競争優位を先回りで組み替える局面でも、全社横断の変革を専任で束ねる機能は有効である。変革は、守りの延命策でも、攻めの号令でもない。企業価値を再配分し、未来の勝ち筋に向けて資源を組み替える経営行為だからである。
この点は、CRO/CTO論を日本企業に広げる上で極めて重要である。調子の悪い会社だけが変革責任者を必要とする、という理解では、多くの企業は「まだその段階ではない」と考え、変革機能の設計を後回しにする。しかし、実際には、変革責任者を置いた企業のパフォーマンス改善は、業界平均を下回る企業だけでなく、すでに上回っている企業にも広く認められている。つまり、変革責任者とは、沈んだ企業を浮かせるためだけの存在ではなく、浮いている企業が沈まないように、あるいは逆風下でも先に進むために、競争条件を書き換える存在でもある。
この延長線上で見れば、変革の役割そのものが変わっている以上、従来型のリストラでは、すでに足りない。今日の再編は、単なるコスト削減や資金繰り改善では不十分であり、売上成長の管理と事業モデルの転換まで含む、構造転換型の再編でなければ将来を守ることはできない。実際、ドイツ調査でも、今後トランザクションを活用した再編――売却、カーブアウト、スピンオフなど――が増えると見る回答は57%に達している。これは、再建が財務上の延命ではなく、事業の輪郭そのものを組み替える行為になっていることを示している。短期の損益改善と中長期のポートフォリオ再設計は、もはや分離できない。再建と変革の境界が曖昧になっているというより、両者を切り離して考えること自体が現実に合わなくなっている。
「誰を置くか」だけではなく、「どう機能させ、どう内在化するか」
もっとも、CRO/CTOの重要性を認めたとしても、そこで思考を止めてはならない。必要なのは“強い個人”ではなく、“強い個人に依存せずに変革を前進させる構造”である。変革を前進させる組織では、明確な実行手順、重要KPIの絞り込み、進捗の可視化、専任チーム、組織横断のコミュニケーション、そして意思決定のスピードが中核に据えられている。また、その運営基盤として、高頻度で機動的に回る週次の場、財務や技術を含む専任人材、独立した進捗測定、明確なガバナンスが不可欠である。日本企業でありがちな失敗は、優秀な人を任命して満足してしまうことだ。兼務で忙しく、権限は曖昧で、最後は社長判断待ちという状態では、どれほど有能でも限界がある。さらに決定的なのがCEO直下性であり、ここが欠ければ、変革責任者は容易に調整役へと後退する。
次に、論点は内部人材か外部人材かではない。問うべきは、過去の意思決定から独立した視座を持てるかどうかである。変革責任者に求められるのは、既存の延長線上での最適化ではなく、それ自体を問い直し、未来の要請から現在を再設計することである。そのためには、過去の意思決定や組織内の力学から一定の距離を取れることが重要になる。しかし、本質は“誰がやるか”にとどまらない。内部・外部を問わず、その役割が特定個人のカリスマや胆力に依拠してしまえば、変革は再現可能な営みにならない。必要なのは、“過去を守る立場”と“未来を再設計する立場”を制度として切り分け、その機能を組織の中で持続可能にすることである。変革責任者とは、独立した視座を担い、それを個人技ではなく組織能力へと接続していく役割である。
最後に、この機能を一人の英雄や特命組織に閉じ込めたままにしないことが重要である。変革が常態化した時代において、変革を前進させる機能そのものは恒常的に必要であるが、その担い方まで特定の個人に固定されてよいわけではない。個人の力量に依拠した変革は、再現可能な営みにならないからである。問われているのは、どの局面で専任的機能が必要なのかを見極め、その機能をいかに組織の中へ埋め込み、引き継ぎ、持続可能な能力へと変えていくかである。知識移転、後継体制、会議体、指標、裁定ルールが仕組みとして残らなければ、成果は一過性に終わる。だからこそ、問うべきは「誰を置くか」ではない。変革を個人技にせず、組織として前進させ続ける構造をどう設計するかである。
欠けているのは、戦略ではなく「前進させる構造」である
日本企業に不足しているのは、変革の必要性を語る言葉でも、戦略そのものでも、現場の実行力でもない。それらを前進させ続ける仕組みが設計されているかどうかが、決定的な分かれ目となる。すなわち、変革を前進させる機能を、特定の個人の力量に依存させず、組織として持続的に回せるかどうかである。
変革の常態化が進む中で、CRO/CTOは単なる肩書でも、プロジェクト管理者でも、調整役でもない。価値創出を実装まで接続し、未決を減らし、資源を動かし、対立を裁定する責任主体である。このような責任主体は不可欠である。しかし、それを誰か一人の能力に依存した特命機能にとどめてしまえば、変革は持続しない。必要なのは、その機能を組織の仕組みとして埋め込み、再現可能な営みへと変えることである。
問題は「何をするか」ではない。「誰が決め、誰が進め、どう支え、どう引き継ぎ、組織としてどう回し続けるのか」である。この問いに答えられない限り、どれほど優れた戦略や現場力があっても、変革は構想から成果へと接続されない。CRO/CTOとは新しい流行語ではなく、曖昧にされてきた責任と権限に名前を与え、変革を個人技ではなく経営の仕組みとして前進させる意思決定装置そのものである。
ローランド・ベルガー 企業変革支援チーム
企業変革は、企業や組織が将来に対応できるよう導くことを目的とするものですが、それには変革を統括することに加え、組織、人材、およびステークホルダーとのコミュニケーションといった、企業変革に密接に関連した現場における豊富な専門性が求められます。ローランド・ベルガーの企業変革支援チームは、事業構造や財務構造の再構築、抜本的な収益改善、企業再生・変革を手掛ける業界横断型専門チームとして、クライアント企業の変革に向けた各種支援を行っています。
お問い合わせは、お電話(03-4564-6660)または、
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田村 誠一(シニアパートナー)
・変革参謀として、経営層と協働する企業変革支援に精通。
・官民ファンドで投融資責任を負い、投融資先企業の再生と変革を主導。
・経営実務を経験(元JVCケンウッド代表取締役副社長、元ニデック専務執行役員)。JVCケンウッドではCSO/CFOとして中長期戦略策定と実行、事業COOとして事業再構築と実行を主導。ニデックでは買収事業(欧米中)の成長を現地経営陣とともに主導。
ポッドキャスト配信
・ローランド・ベルガーは、ポッドキャストの音声によるビジネス番組「変革参謀 -当事者が語るリアル-」の配信を2025年6月に開始いたしました。経営コンサルタントながらも変革をリードしてきた『当事者』としての視点を持つ田村、野本(非常勤)の2人が「企業変革とは何か」「企業変革のリアルとは」について語り合うトーク番組です。
・大企業からスタートアップまで、すべての企業経営者、ビジネスリーダーを支えビジネスの手助けとなる発見や示唆を提供することを目的としています。詳細は
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ローランド・ベルガーについて
ローランド・ベルガーは、欧州発祥唯一のグローバル経営コンサルティングファームとして、世界を代表する企業と共に数々の変革を牽引してまいりました。
経営環境がかつてないスピードで変化するなか、私たちは業界への深い知見と実行力を武器に、企業変革を主導し、競争力強化と持続的な成長を実現しています。
1967年の創業以来、ミュンヘンに本社を置き、世界各国で培った知見と専門性を結集しながら、データとAIの活用、そしてサステナビリティを軸に、新たな成長機会の創出と価値創造に取り組んでいます。
"その決意、前へ"
経営に、正解はありません。
経営者は常に不確実性の中で意思決定を迫られています。
最後までやり切る覚悟と、現実から目を背けない当事者意識が不可欠です。
欧州発祥のローランド・ベルガーは、多様なステークホルダーを抱えるクライアント企業と共に変革を実現して参りました。
世界中の知見と多様な専門性を結集し、共に考え、共に動き、共にやり抜く。
難しい決断を、確かな前進へ。覚悟を、成果へ。
その決意、前へ。
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