本社機能を問い直す:第1回(全2回)
By 田村 誠一
情報不足ではなく、複雑性の扱いが変革を止める ── なぜ企業は「知ること」に向かい、本社は勉強部屋化するのか
日本企業にいま求められているのは、単なる改善ではない。事業、地域、機能、人材、資本の動かし方そのものを組み替える、より大きな意味での変革である。この20年で多くの企業は海外展開を進め、事業ポートフォリオを広げ、複数の市場と時間軸をまたいで経営することを前提としてきた。加えて、業界境界の曖昧化、デジタルやAIの進展、資本市場からの要請の変化によって、企業が向き合う論点は増えただけでなく、互いに依存し合う構造へと変わっている。問題は論点の多さではない。それらを同時に扱わなければ、何も決められない状態になっていることである。
にもかかわらず、変革の議論が始まると、企業はしばしば別のベクトルへ向かう。「他社はどうしているのか」「競合はどこまで進んでいるのか」「成功企業に共通する要因は何か」といった問いが並び、コンサルティング会社への依頼も「何を決めるか」より「何を調べるか」から始まる。だが、情報が増えるほど判断しやすくなるとは限らない。参照する材料が増えるほど論点は増え、解釈は分かれ、決定は後ろ倒しされやすくなる。「もう少し見た上で判断する」という言葉が会議で繰り返される。
変革を止めているのは、何も知らないことではない。知っているものを全体として扱えないことである。複雑性が経営の前提になったにもかかわらず、それを切り分けたまま扱い続ければ、企業は知見を増やしながら動けなくなる。本稿では、この構造から、企業がなぜ「知ること」に向かい、その先でどのように停滞が生まれるのかを明らかにする。
複雑性を切り分けるほど、変革は全体を失う
変革とは、本来、一つの施策を導入することではない。ある事業の位置づけを見直せば、それは必ず、どの市場に張るのか、どの機能をどこに置くのか、誰にどの権限を持たせるのか、どれだけの資本を投じるのかという問題に広がる。人事制度の見直しも同様である。評価や報酬だけでは完結せず、事業構造や責任分担、意思決定の速度にまで影響する。営業の変革であれば、権限設計が変わり、KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)が変わり、データ基盤の設計も変わる。つまり、変革とは常に企業全体を動かす営みである。
ところが、企業が参照する外部の知見は、多くの場合、この複雑性を切り取った断片として提示される。ある企業のDX(Digital Transformation:デジタル変革)、ある企業の新規事業、ある企業の人事制度。それぞれは理解しやすく、議論の起点として有効である。しかし、それらは本来、その企業の全体設計の中で成立している。一部だけを取り出した瞬間に、その意味の多くは失われる。
この状態で議論を進めると、組織は錯覚に陥る。テーマごとには理解でき、打ち手もそれぞれに見える。だから「何をすべきかは分かってきた」という感覚が生まれる。しかし、それらを同時に実行しようとした瞬間に整合が取れなくなる。この投資は他の事業と両立するのか。このガバナンスは意思決定速度と整合するのか。この人事制度はこの収益構造を前提にできるのか。部分では理解できていたものが、全体では使えなくなる。
ここで初めて企業は止まる。理由は単純である。最初から複雑性を背負って考えていないからだ。局所解としては正しいものを積み上げても、それらを同時に成立させる設計にはならない。必要なのは個別施策の正しさではなく、それらを同時に成立させる全体構造である。複雑性を切り分けた瞬間に、変革は成立しなくなる。
部分では分かっても、全体では設計できない
局所的な検討の段階では、議論は順調に進んでいるように見える。事業別、地域別、機能別に論点を切り出せば、整理され、比較もしやすくなる。関係者も限定されるため、議論はまとまりやすい。この段階では「かなり見えてきた」という感覚を持つことが多い。
しかし、それを全社の変革として統合しようとすると状況は一変する。ある事業の成長戦略は別の事業の資源配分と衝突する。ある機能改革は評価制度や権限設計の見直しを伴う。地域別の戦略は投資余力やリスク許容度と切り離せない。求められるのは個別の正しさではなく、全体としての整合である。
この段階に入ると会議の性質が変わる。各部門はそれぞれの合理性を提示する。どれも間違っていない。だからこそ全部が重要に見える。その結果、「ここも落とせない」「ここはまだ見きれていない」「もう少し具体に」と議論が繰り返される。そして最後は「一度持ち帰ってもう少し整理しましょう」に戻る。議論は続いているが、決定は進んでいない。
問題は情報が足りないことではない。むしろ情報は揃っている。論点も整理されている。それでも決められないのは、それらをつなぎ直し、優先順位をつける構造がないからである。部分では分かっても全体として設計できない。この状態に入った企業は、検討を深めるほど意思決定が遅れ、やがて動けなくなる。
こうして変革の議論は「勉強部屋」へ後退する
変革が前に進まなくなるとき、企業の中では奇妙なことが起きる。議論は止まっているはずなのに、検討は増えていく。会議は増え、資料は厚くなり、論点は整理され、事例も蓄積される。誰も何もしていないわけではない。むしろ多くの人が真面目に考え、時間も手間もかけている。にもかかわらず、会社として何を変えるのかは、なお曖昧なままである。この状態を、本稿では「勉強部屋」化と呼びたい。変革の議論が、会社を動かす設計から離れ、知見の整理そのものへ後退していく状態である。
もちろん、複雑な問題を分解して考えること自体は必要である。そうしなければ論点は見えないし、議論もできない。問題は、その分解が前処理で終わらず、そのまま最終形になってしまうことにある。事業ごと、地域ごと、機能ごとに切り出された論点は、それぞれの場では一定の完成度を持つ。比較表もあり、論点整理もされ、事例も揃っている。だが、それらをもう一度全社の選択に戻す場がなければ、知見は増えても設計にはならない。結果として、各論は深まるほど、全体は見えなくなる。
しかも、この状態は危機として認識されにくい。なぜなら、議論している実感があるからだ。比較している安心感もある。十分に整理しているという納得感もある。しかし、会社を変えるのは知識の量ではない。それを資源配分や組織設計や意思決定に変えることである。知っていることと、変えられることは別である。勉強部屋化した組織では、この二つがしばしば混同される。検討していることが、そのまま前進していることだと見なされてしまうのである。
厄介なのは、勉強部屋化が怠慢ではなく、真面目さの延長で起きることである。見落としを避けようとするほど、材料は増える。関係者の納得を得ようとするほど、説明は長くなる。慎重に進めようとするほど、「もう少し見た方がよい」という理由は増える。だから、止まっているのに、それが止まっているように見えない。こうして、変革は止まっていても、その事実が共有されないままになる。
資本市場が見ているのは、複雑性を統合した選択である
勉強部屋化の問題は、社内の停滞にとどまらない。外から見れば、それは「いろいろやっているが、何が変わるのか分からない会社」に映る。資本市場が見ているのは、どれだけ多くの論点を勉強したかではない。何に資本を振り向け、何をやめ、どのような順序で事業や機能を組み替え、その結果として収益性、成長性、資本効率がどう変わるのかである。言い換えれば、知識の厚みではなく、選択の一貫性を見ている。
ところが、勉強部屋化した変革は、この因果を語ることが苦手である。DX、人材、ガバナンス、新規事業、組織再編――それぞれに意味はある。だが、それらが全社としてどうつながり、どの時間軸で、どの価値指標に効くのかが示されなければ、企業価値への道筋は見えない。個別施策の意義は理解できても、それが会社全体としてどこへ向かうのかが分からない。ここに、市場との認識のずれが生まれる。社内では「これだけ検討している」と感じていても、市場からは「何をやる会社なのかが見えない」と受け取られるのである。
企業価値は個別施策の足し算では変わらない。事業ポートフォリオ、人材配置、機能再編、投資判断、権限設計、ガバナンスが同じベクトルへ向かったときに初めて変化が見え始める。その意味で、複雑性を扱うとは、複雑なものを分解することではない。分解したものを、企業価値という一つの文脈に束ね直すことである。資本市場が見ているのは、その束ね方である。
だから、変革が企業価値につながるかどうかを分けるのは、知見の量ではない。複雑性を統合し、それを一つの選択へ収れんさせられるかどうかである。経営が向き合うべきなのは、「何をどれだけ知っているか」ではない。何を選び、その選択をどう説明できるかであり、それによって評価される。
だから企業は、外部環境を「知る機能」を欲し始める
ここまで見てきたように、変革が社内で止まり、企業価値への道筋も見えなくなるほど、企業は逆説的に「もっと外を知る必要がある」と感じやすくなる。事業の先行きが読みにくい。規制の変化が収益構造を変える。地政学が供給網に影響する。AIやデジタルが業界構造を揺らす。資本市場の期待も変わる。そうなれば、企業は「これらを継続的に捉える機能が必要だ」と考える。知る機能への需要は、単なる情報収集癖から生まれているのではない。複雑性が高まった経営の現実に押し出されるかたちで生まれている。
この点は正しく理解しておくべきである。企業が外部環境を継続的に読み解く機能の必要性を感じること自体は誤りではない。外部環境は戦略の補足条件ではなく、どこで戦うのか、どこに投資するのか、何をコアとして残すのかを左右する経営判断の前提になっている。従って、「外を継続的に知る機能」を求めるのは自然である。問題は、その機能を何のために持つのかである。
その答えが、「もっと広く見るため」「もっと深く知るため」で止まるなら、その機能は変革の中枢にならない。だが、「会社としての選択を変えるため」「資源再配分の前提を変えるため」であるなら、そこから先に進む可能性がある。つまり、知る機能の必要性は変革の入口にはなっても、それ自体が変革を前に進めるわけではない。どのような本社機能と結びつくかによって、変革につながるかどうかが分かれる。
だが、そのままでは本社の調査機関化を招く
問題は、多くの企業が「知る機能が必要だ」という認識を持ったとき、それを情報収集や分析の高度化として理解しやすいことである。環境スキャンを強化する。競合分析を増やす。ベンチマークの粒度を細かくする。シナリオを精緻にする。どれにも意味はある。しかし、それだけでは会社は変わらない。情報は増え、分析は深まり、資料は整う。だが、何をやるのか、何をやめるのか、どこに資源を寄せるのかは変わらない。むしろ、そこが変わらないまま材料だけが増えていく。
その結果として現れるのが、本社の調査機関化である。情報は本社に集約され、分析は高度化し、各部門からの問い合わせには丁寧なレポートが返される。しかし、それらの知見がどのように全社の優先順位や資源配分に結びついているのかは明確でない。競合分析は充実している。地政学リスクの資料もある。規制変化のシナリオも描かれている。だが、事業ポートフォリオは動かない。本社と現場の役割分担も変わらない。投資の厚みも薄みも変わらない。つまり、本社は「よく知っているが、決めていない」組織になる。
厄介なのは、ここで起きていることが能力不足ではないという点である。むしろ逆である。情報収集能力、分析能力、外部との接続力が高まるほど、この傾向は強まりやすい。扱える論点が増え、「もう少し見た方がよい」という理由が常に生まれ続けるからだ。その結果、意思決定は先送りされ、知る機能は選択を迫る代わりに、さらなる分析の必要性を正当化する役割を担う。ベンチマークの高度化は進むが、変革は進まない。
つまり、知る機能のリスクは情報の不足ではなく、その接続の欠如にある。分析の精度ではなく、それをもとに何を選び、何を捨てるかを定めることである。この接続が欠ける限り、知る機能は本社の中で最も知的でありながら、最も変革から遠い機能になりかねない。従って、知る機能は、それをどのような本社機能として設計するかによって、変革を動かす力にも、動かさない力にもなり得る。
情報ではなく、選択の不在が変革を止めている
日本企業の変革を止めているのは、情報不足ではない。複雑性を全体として扱い、それを全社の選択へ変える中枢が弱いことである。にもかかわらず、企業がまず求めるのは、外部事例や競合情報、より精緻な分析である。そこに合理性があるのも事実だ。外部環境の変化は、いまや経営判断の前提そのものになっているからである。だが、その必要性を情報収集や分析の高度化に短絡させるなら、変革は前に進まない。勉強部屋はさらに整い、本社の調査機関化が進むだけである。
従って、次に問われるべきなのは、知る機能の有無ではない。それをどのような本社機能として持つのかである。インテリジェンス機能は、本社の中で独立した調査部門として置かれるべきなのか。それとも、全社の選択を設計する中枢に結びつき、外部環境の変化を争点へ変え、争点を優先順位へ変え、優先順位を資源再配分へ変える機能として設計されるべきなのか。そこが分かれ目である。
問われているのは、より多くを知ることではない。外部環境の洞察を、全社の選択へ変える本社機能を持てるかにかかっている。
ローランド・ベルガー 企業変革支援チーム
企業変革は、企業や組織が将来に対応できるよう導くことを目的とするものですが、それには変革を統括することに加え、組織、人材、およびステークホルダーとのコミュニケーションといった、企業変革に密接に関連した現場における豊富な専門性が求められます。ローランド・ベルガーの企業変革支援チームは、事業構造や財務構造の再構築、抜本的な収益改善、企業再生・変革を手掛ける業界横断型専門チームとして、クライアント企業の変革に向けた各種支援を行っています。
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田村 誠一(シニアパートナー)
・変革参謀として、経営層と協働する企業変革支援に精通。
・官民ファンドで投融資責任を負い、投融資先企業の再生と変革を主導。
・経営実務を経験(元JVCケンウッド代表取締役副社長、元ニデック専務執行役員)。JVCケンウッドではCSO/CFOとして中長期戦略策定と実行、事業COOとして事業再構築と実行を主導。ニデックでは買収事業(欧米中)の成長を現地経営陣とともに主導。
ポッドキャスト配信
・ローランド・ベルガーは、ポッドキャストの音声によるビジネス番組「変革参謀 -当事者が語るリアル-」の配信を2025年6月に開始いたしました。経営コンサルタントながらも変革をリードしてきた『当事者』としての視点を持つ田村誠一、野本周作(変革アドバイザー [非常勤])の2人が「企業変革とは何か」「企業変革のリアルとは」について語り合うトーク番組です。
・大企業からスタートアップまで、すべての企業経営者、ビジネスリーダーを支えビジネスの手助けとなる発見や示唆を提供することを目的としています。詳細は
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ローランド・ベルガーについて
ローランド・ベルガーは、欧州発祥唯一のグローバル経営コンサルティングファームとして、世界を代表する企業と共に数々の変革を牽引してまいりました。
経営環境がかつてないスピードで変化する中、私たちは業界への深い知見と実行力を武器に、企業変革を主導し、競争力強化と持続的な成長を実現しています。
1967年の創業以来、ミュンヘンに本社を置き、世界各国で培った知見と専門性を結集しながら、データとAIの活用、そしてサステナビリティを軸に、新たな成長機会の創出と価値創造に取り組んでいます。
"その決意、前へ"
経営に、正解はありません。
経営者は常に不確実性の中で意思決定を迫られています。
最後までやり切る覚悟と、現実から目を背けない当事者意識が不可欠です。
欧州発祥のローランド・ベルガーは、多様なステークホルダーを抱えるクライアント企業と共に変革を実現してまいりました。
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難しい決断を、確かな前進へ。覚悟を、成果へ。
その決意、前へ。
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