経営指標は、何を測ってきたのか
By 田村 誠一
利益・資本効率・キャッシュを超えて、「変革を動かす指標」へ
企業経営において、指標は単なる数字ではない。何を成果とみなし、どの判断を正当化し、どの行動を促すのかを定める、経営のものさしである。売上や利益に始まり、資本効率、キャッシュ、資本コストといった視点を取り込みながら、企業が自らをどう評価するかは、長い時間をかけて変わってきた。
いま企業は、かつてに比べればはるかに多くのものを測ることができる。どの事業が収益を生んでいるのか、どこに資本が滞留しているのか、どれだけキャッシュを創出しているのか。さらには、人材や組織に関する情報まで含め、経営の状態はより細かく把握されるようになった。
しかし、経営の現場で起きていることは、その精度の向上と一致していない。数字は見えている。どこに課題があるかも分かる。それでも、事業構成は変わらず、人材は動かず、資源の流れも変わらない。低収益事業は特定されているが撤退は進まず、投資余力はあるが配分は変わらない。指標は整っている。それでも、会社は思うようには動かない。
この状態は、何を意味しているのか。指標はここまで揃っているのに、なぜ企業は変わらないのか。
経営指標の歴史は、「何を成果とみなすか」の定義を広げてきた
経営指標の変遷は、単なる計算式の進化ではない。企業が何を成果とみなすかという定義が更新されてきた歴史である。売上や利益を中心とした時代から、資本効率、株主価値、キャッシュ創出力、そして事業単位での価値創造へと、経営が見る対象は広がってきた。この変化は、企業がどのような基準で自らを規律するかを変えてきたという意味で、本質的な進展であった。
かつては、売上高と利益が経営の中心にあった。売上が伸び、利益が出ていれば、それが成功とみなされた。規模の拡大が価値と結びついていたため、資産の使い方は問われにくかった。この枠組みでは、収益は分かっても、それがどのような資源配分の結果かは見えないままであった。
設備投資の大型化と多角化が進むにつれて、この前提は揺らぐ。ROA(Return on Assets:総資産利益率)の導入によって、経営は「どれだけ儲かったか」ではなく「資産を使えているか」を問うようになる。しかしこの段階でも、「どの資源をどこに配分すべきか」という判断までは明確にならない。
資本市場の影響力が高まると、ROE(Return on Equity:自己資本利益率)は「自己資本にどれだけ報いたか」を問う指標として前面に出てくる。企業は株主資本の効率という観点から評価され、経営の基準は内部から市場へと広がる。ただし、ROEの改善は事業構造の転換を伴わないことも多い。資本構成の調整でも数値は変わるため、資源の具体的な移動を導くものではなかった。
EVA(Economic Value Added:経済的付加価値)は、さらに踏み込んだ転換をもたらした。黒字であっても資本コストを上回らなければ価値は創造されていない。この考え方は、利益と価値を明確に切り分ける。だが、ここでも意思決定そのものを動かす力は指標の外に残る。
2000年代に入ると、関心はキャッシュへと移る。FCF(Free Cash Flow)は「どれだけ儲けたか」ではなく「どれだけ次に動けるか」を示す。しかし、キャッシュがあっても配分が変わるとは限らない。資金の存在と、その使い方は別の問題である。
ROIC(Return on Invested Capital:投下資本利益率)は、こうした視点を統合する指標として位置づけられる。事業単位で資本収益性を把握し、価値創造と資本滞留を可視化することで、ポートフォリオとしての経営が見えるようになった。
経営指標は確かに進展してきた。何をもって成果とみなすかという定義は精緻になり、企業は自らの状態を正確に把握できるようになった。しかし、この進展が扱ってきたのはあくまで「何が起きたか」である。どの資源をどこに移すのかまでは、規定していない。指標は成果を測る精度を高めてきたが、成果を変えることまでは規定してこなかった。
優れた指標があっても、意思決定は変わらない
経営指標は成果の定義を精緻にしてきた。それにもかかわらず、企業の行動は大きくは変わらない。数字は見えている。それでも撤退は進まず、投資配分も変わらず、人材も動かない。
このズレの核心は、指標の性質にある。主要な指標はいずれも過去の結果を示すものであり、何が起きたかは示すが、何を変えるべきかまでは直接は示さない。結果の把握と行動の変化の間には、断絶がある。
現場では、この断絶はさらに明確になる。低収益事業は特定されても撤退は進まず、投資余力があっても再配分は遅れる。人的資本の不足も見えているが、人材は動かない。ここで起きているのは情報不足ではなく、意思決定の問題である。
多くの企業で、指標はすでに存在している。足りないのは、それを意思決定にどう使うかという回路である。どの数字を見て、どの資源を動かすのかが定義されていない限り、行動は変わらない。企業が変われないのは、指標がないからではない。指標が意思決定に接続されていないからである。
これからの経営指標は、「何に依存しているか」と「どれだけ速く変えられるか」を測る
従来の経営指標が十分でないとすれば、経営は何を見なければならないのか。必要なのは、何を生んだかではなく、何に依存し、その状態をどれだけ速く変えられるかを測る視点である。企業価値が無形資産や組織能力に依存する度合いが高まるほど、成果の水準だけでなく、その成果を支える条件そのものを捉えなければ、次の変化には対応できない。
その意味で重要なのは、成果だけを見ることではない。成果を生み出している前提と、それを変える力を同時に捉えることである。現在の収益性に加え、どの資源に依存しているのか、そしてそれをどれだけ速く組み替えられるのかが見えなければ、将来の動きは読めない。
この文脈で人的資本は典型的な例である。人的資本は開示項目ではなく、戦略の実現が何に依存しているかを示す制約条件である。どの事業にどのスキルが必要で、どこに不足があり、それがどの意思決定を止めているのかが定義されない限り、人材戦略は経営戦略に結びつかない。
企業価値は、足もとの収益性だけで決まるものではない。資本市場はすでに将来の成長可能性を織り込んで企業を評価している。その期待はPER(Price Earnings Ratio:株価収益率)やPBR(Price Book-value Ratio:株価純資産倍率)に反映されるが、その根拠は抽象的な戦略ではない。意思決定の速さ、資源配分の柔軟性、組織の可動性といった、企業が実際に動けるかどうかに依存している。
しかし企業は、その実態を自らの言葉で十分に示せていない。将来の成長は語られるが、それを実現するためにいま何が変えられているのかは見えにくい。このギャップがある限り、指標は存在しても行動にはつながらない。
従って、これからの経営指標に求められるのは、企業が何に依存しているのか、そしてそれをどれだけ速く変えられるのかを可視化することである。
指標は「接続されない限り」機能しない
何を見るべきかは、すでに分かり始めている。どこに依存しているのかも、どこを変えればよいのかも見えつつある。それでも、多くの企業では、意思決定は動かない。
優れた経営指標が企業を変えないのは、数字が足りないからではない。数字が、配分や意思決定の回路に接続されていないからである。多くの企業では、指標はすでに存在している。ROICもある。KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)もある。人的資本のデータも整い始めている。しかし、それらの数字が、実際の判断や行動にどこまで影響しているかを見ると、状況は大きく異なる。数値は把握され、報告され、説明にも使われる。だが、それが資源配分や人材配置の変更に直結している場面は限られている。
典型的な断絶は明確である。IR(Investor Relations:投資家向け活動)で語られる指標と、社内で使われる指標が分離している。全社KGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)は存在するが、それが事業や機能の意思決定基準に落とし込まれていない。評価制度や予算配分と結びついていない指標は、重要だと繰り返されても行動を変えない。数字はある。だが、その数字で何を変えるのかが決まっていないのである。
この状態では、どれほど精緻な指標を設計しても、企業は動かない。経営とは本来、限られた資源をどこに配分するかという選択の積み重ねだからである。どの事業に資本を投じるのか、どの領域から撤退するのか、どの人材をどこに配置するのか。これらの意思決定に指標が使われない限り、その指標は経営の道具にはならない。
配分が変わらない。人が移らない。責任が曖昧である。この三つがそろったとき、指標は形式化する。数値は管理されるが、誰もその結果に基づいて行動を変えない。結果として、指標は「説明のための数字」にはなっても、「配分を変える数字」にはならない。
従って、経営指標にとって決定的に重要なのは接続である。どの数字が、どの意思決定に使われるのかが明確でない限り、その指標は機能しない。多くの企業が動けないのは、指標の精度が低いからではない。指標が、意思決定の回路に入っていないからである。
AI時代は、「動けなさ」を隠せなくなる
この接続の弱さは、これまで直接は見えにくかった。指標は結果を示すが、その裏にあるプロセスまでは必ずしも露出しなかったからである。しかし、環境の変化によって、その前提は崩れつつある。AIの普及は、指標そのものを変えたわけではない。変えたのは、企業の状態が見えるスピードと粒度である。
従来、企業の多くの問題は結果として現れていた。売上が伸びない、収益が低下する、投資が遅れる。その原因がどこにあるのかは、時間をかけて分析される対象だった。しかし、データ取得と分析のコストが下がり、現場の動きがより短い周期で把握できるようになると、状況は変わる。施策の遅れ、業務プロセスの停滞、部門間の断絶、判断の滞留といったものが、結果ではなくプロセスとして見えるようになる。
ここで起きる変化は単純ではない。問題が増えるのではない。問題が隠れなくなるのである。これまで結果の中に埋もれていたものが、「どこで止まっているのか」という形で露出する。意思決定の遅さ、部門間の非連携、人材配置の硬直性といったものが、可視化されたプロセスとして現れる。その結果、企業は「なぜ成果が出ないのか」ではなく、「どこで止まっているのか」を問わざるを得なくなる。
人的資本の領域でも同じ変化が起きる。必要なスキルの変化や人材の偏在は、これまで以上に短い周期で顕在化する。どの領域にどの人材が足りないのか、どこに滞留が生じているのかが、より明確に見えるようになる。だが、その情報が見えても、人材が動くとは限らない。
ここで露出するのは能力ではない。動けていないという事実そのものである。データは揃っている。状況も見えている。それでも、判断が変わらない。人が動かない。資源が移らない。この状態は、これまで以上に明確に認識されるようになる。
AIは意思決定を代替しない。従って、意思決定の遅さや回避は、そのまま表面化する。可視化の高度化とは、問題を解決することではなく、問題を隠せなくすることである。この環境のもとでは、従来の結果指標だけに依存した経営は、ますます機能しにくくなる。
経営指標の役割は、「測定」から「意思決定」へと移る
経営指標は、利益から始まり、資本効率、キャッシュ、価値創造へと進展してきた。その過程で、企業は何を成果とみなすかという定義を更新し、より精緻に自らの状態を測ることができるようになった。測る力は、確実に高まっている。
しかし、それだけでは企業は変わらない。指標が示す内容がどれほど正確でも、それが資源配分や人材配置、投資判断に結びつかなければ、行動は変わらない。接続されていない指標は、どれほど高度であっても企業を動かさない。
ここで求められるのは、新しい指標を追加することではない。指標というものの役割そのものを捉え直すことである。従来の経営指標は、成果を測り、過去を説明するためのものであった。これからの経営指標は、何を変えるかを決めるためのものでなければならない。どの事業を伸ばすのか、どこから撤退するのか、どの資源をどこに移すのか。その判断に結びつかない指標は、経営の道具にはならない。
市場はすでに、この転換を織り込んでいる。企業価値は、足もとの収益だけでなく、将来の成長期待によって評価される。その期待は、意思決定の速さや資源配分の柔軟性、組織の動きに依存している。しかし企業は、その実態を十分に示せていない。
重要なのは、指標の精緻さではない。その指標が、選択を変え、配分を変え、行動を変えるかどうかである。結果を正確に測ることと、企業を動かすことは同じではない。後者に届かない指標は、経営を変えない。意思決定を変えるところまで届いて、初めてその指標は経営指標になる。
ローランド・ベルガー 企業変革支援チーム
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"その決意、前へ"
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経営者は常に不確実性の中で意思決定を迫られています。
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難しい決断を、確かな前進へ。覚悟を、成果へ。
その決意、前へ。
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