「動いているのに動かない」会社:第3回(最終回)
By 田村 誠一
なぜ、中期経営計画は動かないのか ── 未来予測ではなく、資源配分の経営装置へ
第1回
で見たように、企業が動かない理由は、戦略の不在よりも意思決定の停滞にある。
第2回
で見たように、その背景には「誰が会社全体の優先順位を担うのか」という主体設計の曖昧さがある。だが、仮に意思決定を担う主体を整えても、それだけで会社が動くわけではない。
この観点に立つと、中期経営計画(以下、中計)とは、未来を予測するための文書ではない。経営の意思を、企業全体の行動へ変換するための装置である。
本稿では、この中計の機能不全を、「不確実性が高まったから三年計画が難しい」という表面的な説明ではなく、計画の役割そのものが変わったにもかかわらず、設計思想が更新されていないことに起因する問題として捉える。長期の方向性、中期の重点課題、単年度の実行計画をどう切り分け、どう接続し直すのか。その再設計なしに、中計は企業を動かす装置にはなりえない。
中計は増えた
だが、信頼は高まったのか
中期経営計画を公表する企業は増えている。一方で、その修正、撤回、延期、さらには廃止もまた増えている。この一見矛盾した現象は、いまの中計が置かれている状況を端的に示している。経営の意思を社内外に示し、組織全体の優先順位を揃える必要性は以前より高まっている。にもかかわらず、従来の作り方や使い方のままでは、中計は十分には機能しなくなっている。
ここで問うべきは、中計を出すか出さないかではない。中計を何として位置づけ、どう使うかである。本来、中計は資本市場に対して経営の意思を示し、社内の資源配分を変え、現場の行動を揃えるための装置である。しかし現実には、数値目標や重点施策が並んでいても、それが実際の投資判断や人材配置や事業運営に影響を及ぼしていないことが少なくない。
従来の中計が前提としてきた考え方そのものが、現在の経営環境と噛み合わなくなっている。その結果として、多くの企業で起きているのが、「中計はあるが、会社は動かない」という状態である。
なぜ、いま従来型の中計が機能しにくいのか
従来型の中計が機能しにくくなっている理由は、大きく三つに整理できる。第一に、資本市場の評価軸が変わったことである。かつては成長そのものが問われたが、現在は「どこに投資し、何をやめ、どの事業に賭けるのか」という資本配分の意思が問われている。第二に、時間軸の前提が崩れていることである。地政学、金利、為替、技術進化などの変化が速まり、三年前提の固定的な想定だけでは現実を捉えきれない。第三に、中計の作成行為そのものが重くなり過ぎていることである。
この三つは、実際には一つの現象に収れんしている。中計が「経営の意思を示す装置」であるにもかかわらず、なお「将来を説明する資料」として作られ続けているということである。市場が見ているのは数値の緻密さそのものではなく、何に張り、何を引き、どの論理で配分するのかである。だが企業の側は、なお数値の整合性や網羅性の確保に大量の時間を費やしている。その結果、中計は変革の起点ではなく、資料作成の終着点になってしまう。
ここで表れているのは、「中計を出す必要」と「中計を守れない現実」が同時に存在するというねじれである。経営としては外部に意思を示さなければならない。だが、固定的に作り込んだ三年計画はすぐに現実とずれ、社内でも外部でも信頼を失いやすい。この違和感こそが、いま多くの企業で共有されている中計への不信の正体である。必要なのは中計の廃止でも延命でもない。
最近の潮流は「中計の廃止」ではなく、「役割の再設計」である
中計を廃止する企業は増えている。しかし、本質はそこにはない。実際に起きているのは、中計そのものの廃止ではなく、中計の役割の再設計である。従来のように、三年間の数値目標と施策を一体のパッケージとして固定的に掲げるのではなく、長期ビジョン、経営方針、単年度計画、ローリング見直し、投資家向け説明を組み合わせ、より動的に方向性を示す形へ移りつつある。
「三年固定の中計だけでは足りなくなった」のである。長期に固定すべきものと、毎年見直すべきものを分けて設計する動きが広がっている。長期に置くべきは、企業としてどこへ向かうのかという価値創造の方向性と、資源配分の基本原則である。中期に置くべきは、その方向性を実現するための重点変革テーマであり、単年度に置くべきは、足元の環境条件を織り込んだ実行計画と見直しである。
実際、先行企業が行っているのは、中計をなくすことではなく、この三層を分けて、つなぎ直すことである。長期の方向性を保ちながら、短い周期で戦略と配分を見直す。この運用に立ったとき、「中計の廃止」と見える現象の正体は、三年固定の計画から戦略更新の仕組みへの移行だということが分かる。問うべきなのは、「中計をやめるべきか、残すべきか」ではない。長期・中期・単年度のどれを、どのように接続し直すべきかである。
「中計の有無」ではなく、「更新の仕組み」で差をつける
海外企業の動向を見る上でまず押さえるべきなのは、欧米企業が日本企業のような意味での「中期経営計画」を必ずしも持っていない、あるいは持っていてもそれを年中行事として扱っていないという点である。むしろ多くの企業は、長期ビジョンと中期的な財務・非財務目標を結び付け、それを投資家向け説明や戦略更新の形で継続的に示している。形式は違っても、重心は明確である。
そこでは、「計画書を守る」ことよりも、「戦略を更新し続ける」ことに重心がある。投資家もまた、長期ビジョンが競争優位、資本生産性、収益性向上のレバーにどう結び付くのかを見ている。長期の方向性をどう中期の配分ルールに翻訳し、それをどう継続的に説明・更新するか。そこでは、一冊の中計資料が中心にあるのではなく、経営の意思と配分の論理が対話を通じて繰り返し示されている。
日本企業にとって学ぶべきなのは、形式の模倣ではない。三年計画をなくすか残すかという表面的な議論でもない。戦略更新と資源配分の説明責任をどう運用するかという設計思想である。この観点に立てば、中計の問題は、「どう企業行動に結びつけるか」という問いに収れんする。そこまで踏み込んで初めて、中計は文書ではなく経営装置として位置づけ直される。
「動かない中計」の五つの現れ方
「動かない中計」は、個別企業ごとの特殊な失敗ではない。むしろ、一定の共通パターンとして繰り返し現れる現象である。形式としては整っていても、実際の資源配分や意思決定に影響を及ぼさない中計には、典型的な類型が存在する。以下に挙げる五つは、その代表例である。
第一は、ホッチキス中計である。これは、各事業部門に計画を提出させ、経営企画部門がそれを束ね、最後にROE(Return on Equity:自己資本利益率)や株主還元方針を付記しただけの中計である。そこには、事業ポートフォリオをどう変えたいのか、何を伸ばし、何を縮め、何をやめるのかという経営の意思がない。個別計画を束ねることと、経営として選択することは全く別である。前者は集計であり、後者は意思決定である。ホッチキス中計とは、意思が存在しない中計である。
第二は、八方美人中計である。投資家視点、社員視点、社会的要請、社外役員の意見など、あれもこれも盛り込み、個々の項目はどれも正しい。しかし全体として見ると、「どこかで見た中計」にしかならない。その企業ならではの選択や、優先順位が見えないからである。すべてを大事にする中計は、実務の世界では何も大事にしていないのと同じである。資源が有限である以上、優先順位を示さない中計は実行段階で必ず空洞化する。八方美人中計とは、優先順位が存在しない中計である。
第三は、想い空回り中計である。経営コンセプトやビジョンは立派で、言葉も強い。しかし、その理念が投資配分や数値計画と接続されていない。社員ですら自分ごと化していないキーワードが並び、次の中計が出ると忘れ去られる。経営トップが掲げる「ありたい姿」は重要である。しかし、どの事業の何をどう変えるのか、そのためにどの資源をどう動かすのかに翻訳されていなければ、組織は動かない。「ありたい姿」が機能するのは、それが配分と行動に落ちたときだけである。想い空回り中計とは、理念と行動が接続されていない中計である。
第四は、顧客不在中計である。これは、自社の施策は並んでいるが、顧客価値の変化や競争環境の変化が語られていない中計である。自社の想定だけを書き連ね、競合の動きも、顧客から見た価値の変化も出てこない。ビジネスモデルや収益モデルの進化が語られないまま、売上や利益だけが先行する。これでは、なぜその戦略が必要なのかも、なぜその数字が意味を持つのかも伝わらない。中計が内向きである限り、資本市場との対話は成立しないし、社内でも腹落ちしない。顧客不在中計とは、外部目線を欠いた中計である。
第五は、視界不良中計である。掲げる数値目標は立派だが、どうすれば実現に近づいているのかが見えない。プロセス指標や中間指標が定義されておらず、人材戦略や組織変革との結びつきも曖昧である。変革がどこまで進んでいるのか、何をもって前進と見なすのかが見えない状態である。市場が見たいのは最終年度の目標だけではない。むしろ、その変革がいまどこまで進んでいるのかである。視界不良中計が動かないのは、途中で判断するための座標が与えられていないからである。視界不良中計とは、進捗を測る座標が存在しない中計である。
「動かない中計」をどう動かすのか
では、どうすれば中計が企業を動かすのか。ここで必要なのは、個々の欠陥を部分修正することではない。発想そのものを切り替えることである。中計が動かない企業では、議論の起点が常に数字の整合に置かれている。三年分の損益計画をどう積み上げるか、どの前提なら数字がきれいにつながるか、どこまで精緻に説明できるかという発想から出発している。しかし本来、先に定義すべきはそこではない。何が変わるのか、どの競争ルールが崩れるのか、どこに張り、何を引くのか、経営として答えるべき問いは何か。そこから始まって初めて、経営の意思が立ち上がる。
その上で、中計を本当に機能させるには、長期・中期・単年度の役割を切り分けなければならない。長期に置くべきは、企業としてどのような価値を創り、どの原則で資源を配分するのかという価値創造ストーリーである。中期に置くべきは、その方向性を実現するための重点変革テーマであり、単年度に置くべきは、足元の環境条件を織り込んだ実行計画とレビューである。そしてローリングは「数字の更新」ではなく、「戦略の更新」として設計されなければならない。何を固定し、何を見直すのかというルールを持ち、長期の軸を保ちながら中期戦略を更新し続けることが本質である。
さらに重要なのは、中計を「売上・利益の説明資料」ではなく、「顧客価値→儲け方→数値」の順で再構成することである。売上や利益から入るのではなく、顧客にとって何が変わるのか、その変化が自社のビジネスモデルや収益構造をどう変えるのか、その結果として何に投資し、どの数字が動くのかを示さなければならない。そして、その中計は発表して終わる資料であってはならない。取締役会、経営会議、事業部、現場の間で、何を優先し、何をやらないのかを揃えるための対話の設計図でなければならない。動く中計では、発表翌日から会議の焦点が変わり、投資判断が変わり、人材議論が変わる。違いは、資料の完成度ではなく、対話と配分を変える設計になっているかどうかである。
中計を「運転装置」に変えるために
三年後の売上はいくらか、利益率はどうなるか、投資額はどの程度か。変化のスピードが速まり、前提条件が揺らぐ環境の下では、数値をいかに精緻に積み上げても、それを長期間固定すること自体に限界がある。そもそも中計とは、未来を当てるための文書なのか。
中計の本質は、何に賭け、何をやめるのかを決めることにある。経営としての意思を明確にし、それを資源配分と組織の行動に翻訳することにある。この装置が機能している企業では、計画があるから動くのではない。計画を通じて意思決定と対話の前提が変わり、その結果として組織の動きが変わるのである。
中計を未来予測の文書として扱い続けるのか、それとも意思決定と配分を担う運転装置として再設計するのか。この分岐は、そのまま企業の動き方の分岐になる。
第1回
で論じた意思決定の詰まり、
第2回
で論じた決める主体の不在は、第3回(本稿)で初めて「決めたことをどう動きに変えるか」という問いに接続される。戦略はあっても、決める主体があっても、それが配分と行動に変わらなければ、会社は動かない。中計とは、まさにその最後の変換を担う装置なのである。
ローランド・ベルガー 企業変革支援チーム
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田村 誠一(シニアパートナー)
・変革参謀として、経営層と協働する企業変革支援に精通。
・官民ファンドで投融資責任を負い、投融資先企業の再生と変革を主導。
・経営実務を経験(元JVCケンウッド代表取締役副社長、元ニデック専務執行役員)。JVCケンウッドではCSO/CFOとして中長期戦略策定と実行、事業COOとして事業再構築と実行を主導。ニデックでは買収事業(欧米中)の成長を現地経営陣とともに主導。
ポッドキャスト配信
・ローランド・ベルガーは、ポッドキャストの音声によるビジネス番組「変革参謀 -当事者が語るリアル-」の配信を2025年6月に開始いたしました。経営コンサルタントながらも変革をリードしてきた『当事者』としての視点を持つ田村誠一、野本周作(変革アドバイザー [非常勤])の2人が「企業変革とは何か」「企業変革のリアルとは」について語り合うトーク番組です。
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ローランド・ベルガーについて
ローランド・ベルガーは、欧州発祥唯一のグローバル経営コンサルティングファームとして、世界を代表する企業と共に数々の変革を牽引してまいりました。
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1967年の創業以来、ミュンヘンに本社を置き、世界各国で培った知見と専門性を結集しながら、データとAIの活用、そしてサステナビリティを軸に、新たな成長機会の創出と価値創造に取り組んでいます。
"その決意、前へ"
経営に、正解はありません。
経営者は常に不確実性の中で意思決定を迫られています。
最後までやり切る覚悟と、現実から目を背けない当事者意識が不可欠です。
欧州発祥のローランド・ベルガーは、多様なステークホルダーを抱えるクライアント企業と共に変革を実現してまいりました。
世界中の知見と多様な専門性を結集し、共に考え、共に動き、共にやり抜く。
難しい決断を、確かな前進へ。覚悟を、成果へ。
その決意、前へ。
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