「動いているのに動かない」会社:第1回(全3回)
By 田村 誠一
なぜ、論点はあるのに決まらないのか ──議論しているのに決まらない、その正体
多くの企業で、変革が進まない理由は説明し尽くされているように見える。戦略が弱いのか、実行力が足りないのか。そうした議論は繰り返され、一定の答えも示されてきたはずである。にもかかわらず、全社横断の変革や事業構造の見直しは前に進まない。「考えていないわけではない。動いていないわけでもない。だが、会社全体としては変わらない」という違和感が、現場には繰り返し現れている。
このとき起きているのは、戦略の不在でも、現場の停滞でもない。議論は行われ、論点も見えている。それでも、決まらない。意思決定が固定されず、重要な案件は未決のまま積み上がっていく。この構造が、組織の動きを静かに止めている。
本稿では、この停滞を「意思決定の詰まり」として捉え直す。なぜ論点が見えているにもかかわらず決まらないのか。その構造を明らかにするところから議論を始めたい。
変革は「会議室」で止まる
月曜朝の経営会議。議題は、成長投資の優先順位かもしれないし、採算の悪化した事業からの撤退判断かもしれない。前提となる調査は一通り揃っており、市場環境や競争状況についての認識も、おおむね共有されている。議論は複数の観点から行われる。
それでも、結論は出ない。「もう少し精緻化したい」「関係部門と改めて確認したい」。そうした言葉が重なり、意思決定は次回以降に持ち越される。議論は尽くされている。それにもかかわらず、決まらない。多くの企業で繰り返し見られる、きわめて典型的な光景である。
しかも、この停滞は一回ごとの遅れにとどまらない。このとき起きているのは、個別案件の先送りではなく、未決の案件がひとつずつ「在庫」として積み上がり、次の意思決定の難易度そのものを押し上げていく現象である。ひとつの案件が持ち越されると、その間に関係者は増え、追加論点が発生し、再検討の前提条件も増える。
次に会議に戻ってきたときには、当初よりもむしろ決めにくくなっている。結果として、組織の中では「決めるべきものほど決められない」という逆転が起こる。問題は、意思決定が遅いことそのものではなく、未決が蓄積することによって、組織の意思決定能力が徐々に侵食されていく点にある。
「戦略か実行か」では説明できない
変革が停滞したとき、多くの議論は「戦略が弱いのか」「実行力が足りないのか」という二項対立に向かう。しかし、日本企業の多くで見られる停滞は、この整理だけでは十分に説明できない。戦略らしきものはある。方向性も見えている。現場も完全に止まっているわけではない。それでも、全社的な変革や事業構造の見直しが進まないのであれば、問題は別の層に存在すると考えたほうが実態に近い。
問題は、戦略と実行を接続する意思決定の運用である。現場の頑張りは重要だが、それだけでは、会社全体の方向性の転換や資源の再配置は起きない。両者の間で、何を優先し、誰が責任を持ち、どの資源を振り向け、いつまでに動くのかが確定されて初めて、戦略は実行へと移行する。この接続面が弱いとき、戦略と実行はどちらも存在しているのに、組織全体としては前進しないという現象が生まれる。
問うべきは、その二つをつなぐ意思決定が成立しているかどうかである。言い換えれば「何をやるべきか」は一定程度見えているのに「それがなぜ決まらないのか」を問う必要がある。ここに視点を移さない限り、戦略論も実行論も、現実の停滞を正しく説明できない。
意思決定とは、単なる判断ではない
ここで、意思決定という言葉の意味を明確にしておく必要がある。意思決定はしばしば「判断」とほぼ同義に扱われる。しかし実務において意思決定とは、それほど単純な行為ではない。
企業の変革に関わる意思決定は、個人の判断にとどまらない。組織としてその判断を成立させることが求められる。「自分としてはこうすべきだ」と思うことと「会社としてこれで進む」と決めることの間には、大きな隔たりがある。
意思決定は、複数の要素を同時に満たすプロセスである。関係する主体の認識を揃え、論点を収束させ、最終的な判断主体を確定し、その判断に責任を紐づける必要がある。さらに重要なのは、決めた内容が資源配分や具体的な行動に接続されることである。そこまで至って初めて、意思決定は実質的に成立したと言える。
意思決定の停滞は構造であり、パターンとして把握できる
意思決定が進まない状況は、しばしば個人の資質や姿勢の問題として語られる。経営陣が慎重過ぎる、現場が責任を取りたがらない、会議で発言が弱い、といった説明である。しかし、異なる企業で同じような停滞が繰り返し観察される以上、その原因を特定の人物に還元するだけでは実態を捉えきれない。むしろ、誰が関わっても似たような詰まり方をするという事実こそが、問題の所在が個人ではなく構造にあることを示している。
重要なのは、この構造的な詰まりが一定のパターンとして現れるという点である。意思決定の停滞は感覚的なものではなく、類型として整理することができる。典型的には、主語不在、権限不一致、承認肥大、論点拡散、KPI衝突、データ分断、実行未翻訳、例外常態化という八つの類型に収れんする。
主語不在とは、最終的に誰が決めるのかが明確でない状態である。会議体や関係者という曖昧な主語のもとで議論が進み、結論を固定する主体が存在しない。この状態では、議論は繰り返されても意思決定は閉じない。
権限不一致とは、意思決定に関する責任と決定権が分離している状態である。結果責任を負う者が最終判断を下せない、あるいは逆に決定権を持つ者が実行責任を負わない。この乖離は、判断の先送りと責任回避を同時に生み出す。
承認肥大とは、意思決定に関与する承認者が過剰に増えている状態である。本来、結論を固定するためのプロセスが、合意形成の層として積み重なり、内容以前に手続きそのものがボトルネックになる。
論点拡散とは、議論の中心となる論点が収束せず、選択肢が固定されないまま検討が続く状態である。検討は進んでいるように見えても、意思決定に必要な比較軸が確定していないため、結論に到達できない。
KPI衝突とは、部門ごとの評価指標が相互に整合していない状態である。各部門にとって合理的な行動が、全社としては相互に打ち消し合い、結果として意思決定そのものが進まなくなる。
データ分断とは、意思決定に必要な情報が部門ごとに分断され、統合されていない状態である。意思決定に入る前段階で整合確認に時間が費やされ、判断以前の工程で停滞が生じる。
実行未翻訳とは、決定された内容が具体的な資源配分や行動に落とし込まれていない状態である。「決めた」はずの内容が現場の優先順位や人員配置に反映されず、組織としては実質的に何も変わらない。
例外常態化とは、標準的な意思決定プロセスが機能せず、案件ごとに例外対応が繰り返される状態である。この状況では運用の再現性が失われ、意思決定は制度ではなく属人性に依存するようになる。
これらは個別の症状に見えるが、実際には意思決定の成立条件がどこで壊れているかを示している。いずれも一つでも欠ければ意思決定は不安定になり、複数が同時に崩れたとき、組織は「決められない状態」に入る。こうして生まれるのが「誰も怠けてはいないのに、会社全体としては決まらない」という状態である。ここで起きているのは努力不足ではなく、設計の帰結である。
さらに重要なのは、これらの類型が単独で現れることは少なく、多くの場合は複合して現れるという点である。例えば、権限不一致の状態では異論を最終的に処理する主体が曖昧になりやすく、そこにKPI衝突が重なれば意思決定はほぼ確実に遅延する。あるいは、承認が肥大している組織では例外処理も増えやすく、その結果として運用が属人化し、さらに議論の再現性が低下する。
意思決定の詰まりを診断するには、個別の症状を点で見るのではなく、それらがどう組み合わさって停止を生んでいるかを面として捉える必要がある。意思決定の問題は、感覚ではなく、診断可能な構造として把握できるのである。
介入点は「何をやるか」ではなく、「なぜ決まらないか」にある
変革が進まない企業に対する問いは、何をやるべきか、どの施策を追加すべきか、ではない。問うべきは、なぜそれが決まらないのかである。
多くの企業では「やるべきこと」はすでにある程度見えている。どの事業に投資を厚くするべきか、どの領域で固定費を見直すべきか、どの機能を立て直すべきか、といった論点は、外部環境や内部データを見れば一定程度は浮かび上がる。それにもかかわらず前に進まないのだとすれば、問題は施策の不足ではない。意思決定そのものが成立する条件が満たされていないことに、より本質的なボトルネックがある。
介入の焦点は「何をやるか」を追加することではなく、「なぜ決まらないか」を特定することである。つまり、誰が決めるのかという主語は明確か、いつまでに決めるのかという期限はあるか、権限と責任は一致しているか、論点は収束しているか、意思決定に必要なデータは揃っているか、そして決めたことが履行に接続される設計になっているかを点検しなければならない。本来、意思決定の改善とは、個別の案件ごとに頑張ることではなく、意思決定が成立する条件を繰り返し満たせるよう、運用そのものを再設計することを意味する。施策の中身を議論する前に、そもそも意思決定を成立させる前提が整っているかを問わなければならない。
必要なのは、誰が・何を・いつ決めるのかという意思決定構造の明確化であり、議論が拡散しないよう論点と選択肢を収束させることであり、権限と責任を再接続することであり、決定を短いサイクルで実行へ移すことであり、その過程で阻害要因を特定して除去することである。
さらに重要なのは、その設計を制度として置いて終わらせるのではなく、実際の案件の中で動かし、更新し続けることである。実行に移れば、想定ほどデータが揃わない、利害関係が予想以上に複雑である、権限の解釈が揺れるといったことが必ず起こる。目指すべきは完成された制度図ではなく、意思決定が止まらずに回り続ける状態である。この視点に立ったとき、意思決定の改善は単なる会議改革ではなく、組織の動き方そのものを再設計する取り組みとして位置付けられる。
変革の起点は「未決の管理」にあり、問われるのは「決める構造」である
企業が実際に前に進むかどうかを左右するのは、新しい構想の有無だけではない。未決事項をどれだけ減らせるか、決めたことをどれだけ行動に変換できるか、その履行をどれだけ継続的に回せるかという、きわめて地味だが本質的な運用の積み重ねが、変革の速度を規定する。変革の起点は派手な戦略論に見える場所ではなく、しばしば最も地味な運用の場所にある。その結果、企業の側でも「議論はしているのに進まない」という感覚だけが残り、問題の実体が見えにくくなる。どの案件が未決なのか、その理由は何か、どこで止まっているのか、誰が決めるべきなのかを可視化し、滞留を減らしていくことが不可欠である。
ここまで進めると、問題は次の問いに行き着く。すなわち「誰が会社全体を見て決めるのか」という問いである。未決を管理し、意思決定の運用を整えても、最終的に全社の優先順位を担う主体が曖昧なままであれば、意思決定は再び分散する。問われているのは「決め方」ではない。「決める構造があるか」である。この問いに踏み込んだとき、意思決定の問題は単なる会議運営の問題ではなく、経営の執行体制そのものの問題として立ち上がる。
次稿では、この「決める主体」の問題を、CxO体制の観点から掘り下げる。誰が会社全体の優先順位を担い、誰が資本・人材・変革課題の配分を握るのか。その主体設計を曖昧にしたままでは、意思決定の停滞は繰り返し生まれる。意思決定の詰まりを本当に解消するためには、会議の改善ではなく、決める主体そのものの再設計に踏み込まなければならないのである。
意思決定の詰まりチェックリスト
A. 未決の可視化
▪️可視化欠如:重要な意思決定が一覧化されておらず、何が滞留しているのか全体像が見えない
▪️理由曖昧:未決の理由が曖昧なままで、何が判断を止めているのか特定されていない
▪️期限不在:決定期限が設定されておらず、重要な案件ほど後ろ倒しになっていく
B. 主語・権限・責任
▪️主語不在:誰が最終的に決めるのか明確でなく、意思決定が宙に浮く
▪️権限不一致:結果責任を負う人に決定権がなく、意思決定が進まない
▪️エスカレーション不在:どの段階で誰に判断を上げるか決まっておらず、現場で抱え込まれる
▪️責任未確定:決定時点で責任の所在が曖昧で、実行に紐づかない
▪️異論未処理:異論が整理されないまま残り、意思決定後に巻き戻しが起きる
C. 会議と承認
▪️目的逸脱:会議が意思決定の場ではなく、説明や報告の場になっている
▪️承認肥大:承認者が多過ぎることで、意思決定そのものがボトルネックになる
▪️運用属人化:会議運用が人によって変わり、意思決定の質が安定しない
D. 論点収束と選択肢
▪️論点拡散:議論が収束せず、選択肢が固定されないまま検討が続く
▪️完璧主義:情報収集が終わらず、意思決定が常に先送りされる
▪️リスク回避偏重:リスクを避ける議論に偏り、決定そのものが遅れる
E. KPI・データ・翻訳
▪️KPI衝突:部門ごとの評価指標が噛み合わず、全社最適の判断ができない
▪️データ分断:必要なデータが分断され、意思決定前の整合確認に時間がかかる
▪️実行未翻訳:決定された内容が具体的な行動に落とし込まれていない
▪️例外常態化:例外対応が常態化し、標準的な意思決定プロセスが機能していない
ローランド・ベルガー 企業変革支援チーム
企業変革は、企業や組織が将来に対応できるよう導くことを目的とするものですが、それには変革を統括することに加え、組織、人材、およびステークホルダーとのコミュニケーションといった、企業変革に密接に関連した現場における豊富な専門性が求められます。ローランド・ベルガーの企業変革支援チームは、事業構造や財務構造の再構築、抜本的な収益改善、企業再生・変革を手掛ける業界横断型専門チームとして、クライアント企業の変革に向けた各種支援を行っています。
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田村 誠一(シニアパートナー)
・変革参謀として、経営層と協働する企業変革支援に精通。
・官民ファンドで投融資責任を負い、投融資先企業の再生と変革を主導。
・経営実務を経験(元JVCケンウッド代表取締役副社長、元ニデック専務執行役員)。JVCケンウッドではCSO/CFOとして中長期戦略策定と実行、事業COOとして事業再構築と実行を主導。ニデックでは買収事業(欧米中)の成長を現地経営陣とともに主導。
ポッドキャスト配信
・ローランド・ベルガーは、ポッドキャストの音声によるビジネス番組「変革参謀 -当事者が語るリアル-」の配信を2025年6月に開始いたしました。経営コンサルタントながらも変革をリードしてきた『当事者』としての視点を持つ田村誠一、野本周作(変革アドバイザー [非常勤])の2人が「企業変革とは何か」「企業変革のリアルとは」について語り合うトーク番組です。
・大企業からスタートアップまで、すべての企業経営者、ビジネスリーダーを支えビジネスの手助けとなる発見や示唆を提供することを目的としています。詳細は
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ローランド・ベルガーについて
ローランド・ベルガーは、欧州発祥唯一のグローバル経営コンサルティングファームとして、世界を代表する企業と共に数々の変革を牽引してまいりました。
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1967年の創業以来、ミュンヘンに本社を置き、世界各国で培った知見と専門性を結集しながら、データとAIの活用、そしてサステナビリティを軸に、新たな成長機会の創出と価値創造に取り組んでいます。
"その決意、前へ"
経営に、正解はありません。
経営者は常に不確実性の中で意思決定を迫られています。
最後までやり切る覚悟と、現実から目を背けない当事者意識が不可欠です。
欧州発祥のローランド・ベルガーは、多様なステークホルダーを抱えるクライアント企業と共に変革を実現してまいりました。
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難しい決断を、確かな前進へ。覚悟を、成果へ。
その決意、前へ。
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