エコシステムは、なぜ失敗するのか
By 田村 誠一
連携は幻想か構造か
エコシステムは成長戦略の象徴として語られることが多い。しかし、多くの取り組みは参加企業も協業活動も残っているにもかかわらず、徐々に投資意欲を失い停滞していく。失敗は対立や離脱によって起きるとは限らず、見えない形で進行する。
問題は共創価値の不足ではない。参加企業がその活動を通じて何を得られるのか、そして何が自社に残るのかを見通せる構造を設計できているかである。エコシステムの成否を分けるのは協業の熱量ではなく、参加し続ける合理性を支える市場設計にある。
エコシステムの失敗は対立や離脱によって始まるとは限らない。参加企業が残ったまま将来への投資を控え始めることで、価値創出の力は静かに失われていく。
企業が参加を続ける理由は現在の収益ではない。顧客、データ、学習機会、成長機会など、参加の結果として何が自社に蓄積されるかが投資判断を左右する。
エコシステム経営とは企業を集めることではない。誰が何を担い、誰が何を得るのかを定め、成長後も見直し続ける市場を設計することである。
単独では解けない課題が増えている。顧客が求める価値は複数の企業や業界にまたがり、製品やサービス単体の優位性だけでは競争力を築きにくくなった。そこで多くの企業が、自社の外にある技術、データ、顧客接点を結び付け、一社では実現できない価値を生み出そうとしている。
しかし、その期待ほどエコシステムは機能していない。企業は構想に賛同し、実証実験にも参加するが、本格投資の段階になると足並みが揃わなくなる。必要なデータは共有されず、意思決定は遅れ、参加企業の関与も次第に薄くなる。連携は存在するのに、価値創出は広がらない。
こうした停滞は、しばしば信頼不足や企業文化の違いによって説明される。だが、多くの企業は連携に反対しているわけではなく、その可能性にも期待している。それでも、なぜ企業は深く関与せず、エコシステムは途中で勢いを失うのか。本当に足りないのは協業の意思なのだろうか。
失敗するのは、協業の意思が弱いからではない
エコシステムの停滞は、企業文化の違い、複雑な利害関係、信頼の不足によって説明されることが多い。とりわけ日本では、企業が自社の境界を越えた連携に慣れていないから進まない、という見方が繰り返されてきた。しかし、それだけでは実際に起きている現象を説明できない。
多くのエコシステムは、不信感や対立から始まるわけではない。参加企業は構想に賛同し、検討会や実証実験にも協力する。連携そのものを拒絶しているのであれば、取り組みは入口で止まるはずだが、現実には一定の段階までは進んでいる。
停滞が始まるのは、本格的な経営資源の投入を求められる局面である。投資判断は先送りされ、重要な人材の配置は限定され、共同で進めるはずだった取り組みの速度が鈍る。企業は席を立たず、反対にも回らないが、参加の深さを抑え始める。
この行動は、協業への消極性というより、限られた経営資源をどこまで投じるかという経営判断である。構想の意義に賛同することと、その構想を自社の優先課題として引き受けることは同じではない。企業は連携する意思の有無ではなく、参加を深めるに足る条件が整っているかを見ている。
従って、信頼や熱意だけを高めても、エコシステムが前進するとは限らない。同じ構想に賛同しながら、ある企業は深く関与し、別の企業は距離を置く。その差を生み出す判断基準は、協業の意思とは別の場所にある。
エコシステムの分水嶺は価値創出ではなく価値配分にある
エコシステムの議論は、どのような価値を共創するかに集中しやすい。異なる企業の技術やデータを組み合わせれば、一社では実現できない顧客体験や新市場を生み出せる。その期待はエコシステムの出発点として不可欠だが、価値創出の魅力だけでは参加企業の行動を説明できない。
価値は共同で創出されても、その成果が自動的に共有されるわけではない。顧客を連れてくる企業、技術を提供する企業、データを提供する企業では、負担する投資と担う役割が異なる。共同で生み出した価値を誰がどのように獲得するのかは、価値創出とは別に決めなければならない。
顧客にとって魅力的な構想であることと、参加企業が継続的に投資したい構造であることも一致しない。顧客価値の大きさに合意していても、その成果がどう帰属するかに納得できなければ、企業は深いコミットメントを避ける。構想への賛同と本格投資の間に生じる隔たりは、価値創出への期待だけでは埋まらない。
エコシステムでは、価値を生み出すことと、その価値を誰が獲得するかは別の問題である。参加者の貢献が相互に依存するほど、誰が成果を得るのかという分配問題は避けられない。価値創出の可能性が大きいことは、価値配分への納得を保証しない。
価値創出については、顧客に何を提供するかという共通目標を置きやすい。一方、価値配分では、収益、顧客接点、データ、主導権、将来機会の帰属をめぐって利害が分かれる。そのため、共創の構想が先行し、配分の議論が曖昧なまま残されやすい。
エコシステムの分水嶺は、価値を生み出せるかどうかだけにはない。共創された価値を、参加企業が継続的な投資に納得できる形で配分できるかどうかにある。機能するエコシステムは、価値創出の約束だけでなく、参加者が価値を回収する道筋も備えている。
成功するエコシステムは、参加者の回収経路が明確である
成功するエコシステムでは、参加者が自らの役割と回収経路を理解できる。顧客接点を担う主体、技術やサービスを提供する主体、データや運営基盤を支える主体は、それぞれ異なる価値を持ち寄る。その貢献がどの成果につながるのかが見えるため、参加企業は構造を踏まえて投資を判断できる。
回収の対象は、当期の売上や利益に限られない。顧客へのアクセス、新市場への参入機会、データの蓄積、技術の高度化、ブランド認知なども、参加によって得られる価値である。現在の収益と将来の成長機会を合わせて見通せることが、継続的な投資を支える。
重要なのは、すべての参加者に同じ利益を与えることではない。担う役割や負うリスクが異なる以上、得る価値の内容も異なってよい。ただし、何を提供すれば何を獲得できるのか、その関係が参加者から見て理解可能でなければならない。公平さとは結果の均等ではなく、貢献と回収の関係に納得できることである。
反対に、回収経路が曖昧であれば、顧客や市場が拡大する可能性だけでは十分な投資理由にならない。その成長が自社の収益、学習、顧客基盤に結び付く保証がなければ、企業は重要な経営資源の投入を控える。エコシステムの魅力と、自社が参加する合理性は同じではない。
成功を支えるのは、参加企業を増やすことでも、囲い込むことでもない。参加者が自らの投資と成果の関係を見通せる状態である。ただし、その均衡は固定されたものではない。市場が拡大し、参加者と取引が増えるほど、当初の役割と力関係は変化していく。
成功したエコシステムは、なぜ自らを蝕むのか
回収経路が明確なエコシステムには参加者が集まり、提供される機能が充実する。利用者にとっての価値が高まれば、さらに取引と参加者が増え、規模と影響力が拡大する。この成長循環はエコシステムの強みであると同時に、当初の均衡を変える起点にもなる。
利用者や取引が集まるほど、顧客接点、データ、標準、参加条件を決める力は、中核を担う主体へ集中しやすい。参加者を呼び込むための基盤が、成長後には中核企業の交渉力を高める基盤へ変わる。市場の拡大は、参加者全体の機会を増やすだけでなく、ルールを決める主体の力も強くする。
力の集中は、手数料や参加条件の変更にとどまらない。利用できるデータの範囲、顧客へのアクセス、技術開発の方向、どの機能を中核企業が自ら担うかまで左右する。他の参加者にとっては、現在の収益だけでなく、将来の事業機会や交渉力を決める変化となる。
規模が小さい段階では、参加者を増やすために魅力的な条件が示され、中核企業と参加企業の利害も一致しやすい。ところが、取引が集中して代替先が減ると、参加企業の交渉力は相対的に低下する。相互依存として始まった関係が、成功を通じて一方的な依存へ傾いていく。
Jacobidesらの2024年研究 は、エコシステムが既存の協調問題を解消する一方、その内部に機能上および分配上の失敗を生み出し得ることを示している。特定の主体が貢献に比して過大な価値を獲得すれば、参加者の投資や品質提供が弱まり、分配の歪みが価値創出の低下へ波及する。エコシステムは外部の問題を解いた結果として、内部に次の失敗原因を抱え込む。[1]
成功は配分問題を終わらせるのではなく、力関係を変え、新しい配分問題を生み出す。参加企業は直ちに退出せずとも、新規投資を抑え、有力な技術や人材を他へ振り向け、依存度を下げ始める。外形上の参加が続く一方で、成長を支えた貢献の質が静かに失われていく。
失敗事例に共通するのは、“関係”の欠如ではなく“残余利益”の欠如である
エコシステムの失敗は、明確な対立や大量離脱として始まるとは限らない。会議も契約も続き、既存の取り組みも維持されるが、新たな投資だけが慎重になる。重要なデータや人材が投入されなくなり、参加の外形を残したまま貢献の密度が低下する。
この変化は、関係悪化よりも先に起きる。企業は自社が参加し続けることで何を得られるかを評価し、その見通しが下がれば投入資源を減らす。信頼が壊れたから投資をやめるのではなく、投資を続ける経済的な理由が薄れた結果として関与が弱まる。
企業が見ているのは、現在の収益だけではない。顧客との関係、利用可能なデータ、蓄積される知見、強化されるブランド、次の成長機会など、参加後に自社へ残る価値も投資判断を左右する。短期の負担を受け入れられるのは、それを上回る価値が将来の競争力として蓄積されると期待できるからである。
金銭的な取り分が一定でも、顧客、データ、学習機会、将来の交渉力が他の主体へ偏れば、自社に残る価値は小さくなる。参加企業が本当に見ているのは売上の配分だけではない。参加の結果として何が自社に残るのかである。参加の成果が自社の競争力へつながらない構造では、経営資源を投入し続ける理由も弱くなる。
参加者が投入を減らせば、必要な機能が揃わず、サービス改善の速度も落ちる。エコシステム全体の魅力が低下すると、残った参加者も投資を抑え、価値創出と参加意欲が互いに縮小する循環に入る。関係の崩壊は原因ではない。参加しても顧客やデータや学習機会が自社に蓄積されないと判断した企業の行動が積み重なった結果である。
失敗するエコシステムでは、誰も明確に反対していないのに前へ進まない。参加者が退出したから失敗するのではなく、残ったまま将来への投資を控えることで失敗する。この静かな撤退は、データを中心とする現在のエコシステムでさらに見えにくく、深刻になっている。
データは共有できないのではなく、共有後のルールがないのである
AI、サプライチェーン、顧客体験の高度化には、企業の境界を越えたデータ活用が欠かせない。一社のデータだけでは捉えられない需要やリスクを、複数企業の情報を組み合わせて把握する必要がある。そのためデータ共有は、多くの産業で経営課題として認識されている。
IMDとAVEVAが2026年に12業種のシニアリーダー275人を対象に行った調査 では、74%がデジタルエコシステムを重要または最重要の戦略課題と位置付けた。一方、パートナーと相当程度以上のデータ共有を行う企業は27%にとどまり、共同のデータガバナンスを持つ企業は9%だった。戦略上の重要性と実際の共有には大きな隔たりがある。[2]
その隔たりは、企業が共有の意義を理解していないからではない。同調査では、競争リスクよりも、システム統合の複雑さ、既存基盤の制約、共有ルールの不足が主要な障害として挙げられた。企業がためらうのは、共有したくないからではなく、共有した後の権利と責任を見通せないからである。
自社が提供したデータを誰が利用できるのか、そこから得られた知見は誰に帰属するのか、収益機会は誰が獲得するのかが決まらなければ、本格的な共有には踏み込めない。AIの学習に使われる場合には、データを提供した企業と、学習効果を蓄積する企業が異なる可能性もある。共有範囲だけでなく、共有によって生まれる価値の帰属まで定める必要がある。
AIの普及によって、この問題はさらに大きくなる。大量のデータを継続的に利用できる主体ほど学習速度を高め、その差を次のサービス改善へつなげられる。共有データから生まれる将来価値が大きいほど、参加企業は誰に学習効果が残るのかに敏感になる。
データ共有を止めているのは、技術だけでも競争意識だけでもない。共有後の利用権、成果の帰属、意思決定、責任分担が一体として設計されていないことである。限定的な実証実験から本格運用へ進むには、データを出す合意ではなく、共有後も参加者が合理的でいられるルールが必要になる。
エコシステムは連携設計ではなく市場設計である
エコシステムでは、自社の組織、製品、収益モデルだけを設計しても価値創出は完結しない。複数の企業が異なる資産を持ち寄り、相互に依存する以上、各社の判断が同時に成り立つ仕組みを設計する必要がある。経営の対象は個別の提携ではなく、参加者の行動を方向付ける構造全体へ広がる。
最初に問うべきは、誰のどの課題を解くためにエコシステムが必要なのかである。単独企業でも解ける問題や、参加コストに比べて価値の小さい問題では、複数企業が投資を続ける理由は生まれない。企業境界を越える必然性と、十分な価値の大きさが出発条件となる。
次に、価値を成立させるために不可欠な参加者と、その役割を定める必要がある。必要な能力を広く集めることが目的ではなく、一つの顧客価値を完成させるために誰の貢献が欠かせないかを見極める。その上で、各参加者が負う投資とリスクを可視化する。
さらに、何を共有し、何を各社の固有領域として残すかを決めなければならない。データ、顧客接点、知的財産、意思決定権をすべて共有すればよいわけではなく、すべてを中核企業が握ればよいわけでもない。全体価値を広げながら、参加者が独自の投資を続けられる境界を引くことが必要になる。
その境界と一体で、価値の回収経路を設計する。売上や手数料だけでなく、顧客との関係、データ利用権、学習効果、標準への影響力など、参加によって誰に何が残るかを明確にする。現在の取り分だけでなく、将来の競争力がどこへ蓄積されるかまで含めて配分を捉えなければならない。
最後に、その構造が時間とともに変化することを前提に、配分を見直す仕組みを置く必要がある。成長によって力が集中し、当初の均衡が崩れたとき、参加条件や権利配分を更新できなければ、成功が衰退の原因へ変わる。市場設計とは、最初のルールを決めることではなく、参加者が残り続けられる均衡を更新することである。
エコシステムとは、企業同士をつなぐ仕組みではない。異なる利害を持つ主体が、互いの合理性を失わずに価値を生み続けられる市場を設計することである。問われるのは提携先の数ではなく、誰が投資し、誰が決め、誰に何が残るのかを一つの構造として成立させられるかである。
連携は幻想ではないが、構造なき連携は幻想になる
企業の境界を越えた価値創出は、今後さらに重要になる。しかし、共通の目的を掲げ、参加企業を集めるだけでは、エコシステムは持続しない。価値を生み出す構想と、参加者が価値を回収する構造が両立して初めて、協業は継続的な事業になる。
エコシステムの難しさは、異なる利害を消すことではなく、異なる利害が存在したまま参加を続けられる条件をつくることにある。その条件は、信頼や善意だけでは維持できない。貢献と回収の関係を明確にし、成長によって変わる力関係に応じて均衡を更新する経営が必要になる。
エコシステムの本質は共創ではない。異なる利害を持つ企業が参加し続けられる市場を設計できるかにある。連携は幻想ではない。しかし、誰に何が残るのかを設計できなければ、その連携は必ず幻想になる。
注
[1] Michael G. Jacobides, Carmelo Cennamo and Annabelle Gawer, “Externalities and Complementarities in Platforms and Ecosystems: From Structural Solutions to Endogenous Failures”, Research Policy, Vol. 53, No. 1, Article 104906, 2024
[2] Michael R. Wade, Konstantinos Trantopoulos and Mark J. Greeven, “We know that digital ecosystems drive value. But most organizations are failing to capture it”, IMD, May 19, 2026
ローランド・ベルガー 企業変革支援チーム
企業変革は、企業や組織が将来に対応できるよう導くことを目的とするものですが、それには変革を統括することに加え、組織、人材、およびステークホルダーとのコミュニケーションといった、企業変革に密接に関連した現場における豊富な専門性が求められます。ローランド・ベルガーの企業変革支援チームは、事業構造や財務構造の再構築、抜本的な収益改善、企業再生・変革を手掛ける業界横断型専門チームとして、クライアント企業の変革に向けた各種支援を行っています。
お問い合わせは、お電話(03-4564-6660)または、
こちら
よりご連絡ください。
ポッドキャスト配信
・ローランド・ベルガーは、ポッドキャストの音声によるビジネス番組「変革参謀 -当事者が語るリアル-」の配信を2025年6月に開始いたしました。経営コンサルタントながらも変革をリードしてきた『当事者』としての視点を持つ田村誠一、野本周作(変革アドバイザー [非常勤])の2人が「企業変革とは何か」「企業変革のリアルとは」について語り合うトーク番組です。
・大企業からスタートアップまで、すべての企業経営者、ビジネスリーダーを支えビジネスの手助けとなる発見や示唆を提供することを目的としています。詳細は
こちら
からご確認ください。
ローランド・ベルガーについて
ローランド・ベルガーは、欧州発祥唯一のグローバル経営コンサルティングファームとして、世界を代表する企業と共に数々の変革を牽引してまいりました。
経営環境がかつてないスピードで変化する中、私たちは業界への深い知見と実行力を武器に、企業変革を主導し、競争力強化と持続的な成長を実現しています。
1967年の創業以来、ミュンヘンに本社を置き、世界各国で培った知見と専門性を結集しながら、データとAIの活用、そしてサステナビリティを軸に、新たな成長機会の創出と価値創造に取り組んでいます。
"その決意、前へ"
経営に、正解はありません。
経営者は常に不確実性の中で意思決定を迫られています。
最後までやり切る覚悟と、現実から目を背けない当事者意識が不可欠です。
欧州発祥のローランド・ベルガーは、多様なステークホルダーを抱えるクライアント企業と共に変革を実現してまいりました。
世界中の知見と多様な専門性を結集し、共に考え、共に動き、共にやり抜く。
難しい決断を、確かな前進へ。覚悟を、成果へ。
その決意、前へ。
ニュースレターの購読をご希望の方は、下記フォームにご記入の上「送信」ボタンをクリックください。