変革を阻む本質は情報の欠乏ではなく、集積した知見を全社の決断へと昇華し切れていない構造に潜みます。局所的な事例比較に陥る「勉強部屋」化を脱し、環境分析を投資判断や優先順位へつなぎ直す本社機能のあり方を読み解きます。
本社機能を問い直す:第2回(最終回)
By 田村 誠一
インテリジェンス機能は、変革を進める中枢か ── 調査機関ではなく、全社の選択を設計する本社機能へ
前稿 で見たように、複雑性を扱えない企業は、知ることへ向かいやすい。だが、知る機能を持てば問題が解決するわけではない。問われているのは、それをどのような本社機能として設計するかである。本稿で問いたいのは、インテリジェンス機能の有無ではない。それが本社機能として成立する条件である。
インテリジェンス機能は、何をする機能であるべきか
インテリジェンス機能は、何を集めるかではなく、何を変えるかで定義されるべきである。外部環境に関する情報がどれだけ充実していても、それが会社としての選択を変えなければ意味はない。実際に問われているのは、「この変化に対して何をやるのか」「どこに資源を寄せるのか」「何をやめるのか」である。規制や技術や競争構造の変化は、それ自体では意思決定にならない。自社のどの事業、どの地域、どの機能の優先順位を動かすのかに引き直されて初めて、判断材料になる。
しかしここで、多くの企業は一度立ち止まる。事業別に見れば投資拡大が合理的に見える。別の事業では縮小も選択肢に入る。地域によってはリスク回避が優先に見える一方で、別の地域では機会にも映る。どれも間違っていない。だからこそ、並べることはできても、どれを先にやるかは決められない。必要なのは、情報を増やすことではない。示唆を横断して、何を先にやり、何を見送るのかを決めることである。個別に正しい示唆を集めることと、会社として一つの選択をつくることは、別の作業だからである。
インテリジェンス機能の役割は、示唆を並べることではない。選択を変えることにある。
本社機能とは、何を決める場所であるべきか
インテリジェンス機能は、それ単体では価値を持たない。本社が何を決める場所として設計されているかによって、その意味は決まる。本社が管理・調整・承認の延長にとどまる限り、インテリジェンス機能は、情報を増やしても決まらない状態を補強するだけである。
この点は、日本企業でもすでに現実の課題になっている。経済産業省の
事業再編実務指針 は、経営者の第一の使命を経営資源の最適配分と事業ポートフォリオの最適化に置き、長期の時間軸で自社がベストオーナーかどうかを見極めるよう求めている。日立も新経営計画「
Inspire 2027 」で、キャッシュフロー強化、キャピタルアロケーション最適化、ポートフォリオ改革の加速を前面に掲げている。ここで重要なのは、外部環境の変化を読むこと自体ではなく、それが何を残し、何に賭けるかという選択と資源配分に直結していることである。
いま企業の内部で起きているのは、各論が並び過ぎている状態である。事業の論理も正しい。地域の判断も合理的である。機能別の最適化も必要である。どれも否定はできない。だからこそ、「やるべきこと」は自然に増えていく。だが、資源も時間も限られている以上、すべてを同時に実行することはできない。このとき優先順位がなければ、結果として、どの論点も中途半端に残る。議論は増える。だが、会社としての選択は定まらない。
この状態に対して、本社が担うべき役割は明確である。何をやるかではなく、何をやらないかを決めることである。複雑性が高まるほど、「やるべきこと」は増える。だからこそ本社は、論点を引き取り、優先順位をつけ、切るべきものを切る。これは調整ではない。判断である。
本社とは、情報が集まる場所ではなく、選択が決まる場所である。
各ステークホルダーに対して、本社機能は何を果たすべきか
本社機能を「全社の選択を設計する機能」と定義するなら、役割は誰に何を返すかで書けなければならない。とりわけ重要なのは、事業部門、地域経営、コーポレート機能、経営陣、資本市場という五つのステークホルダーに対して、本社機能が何を担うべきかである。
まず事業部門に対して、本社機能が果たすべき役割は、事業の自律性を奪うことではない。むしろ逆である。事業部門が局所最適に閉じず、全社としての優先順位の中で自らの役割を位置づけられるようにすることだ。市場機会を見つけ、現場判断を進めること自体は事業部門の役割である。だが、本社機能がなければ、それらは「それぞれ正しい各論」のまま並び、会社としての一貫性を失う。本社は、事業に何をやれと言うか以上に、何をやらないかを明確にしなければならない。すべてを伸ばすことはできないからである。
地域経営に対する本社機能の役割も、統制ではない。ローカルの合理性を、全社の選択に接続することである。どこまでをローカル判断に委ね、どこからを全社共通の争点として扱うのか。この線引きがなければ、地域最適はそのまま全社の分散へ変わる。本社機能が担うべきなのは、各地域の現実を無視して一律に決めることではなく、それぞれの合理性を引き受けた上で、全社の方向とつなぐことである。
コーポレート機能に対しても同様である。財務、人事、IT、法務、調達、広報といった機能は、それぞれに固有の論理を持つ。だが、それぞれが自前の最適化を進め始めると、会社全体としては分断が進む。本社機能が果たすべき役割は、これらの機能を個別の効率化競争に閉じ込めることではない。各機能が、企業価値の論理において何を担うのかを定義し、機能間の優先順位と依存関係を明確にすることである。特にインテリジェンス機能が重要になるのは、外部環境の変化が、事業だけでなく、財務・人事・IT・法務の優先順位まで動かすからである。
経営陣に対して、本社機能が果たすべき役割も大きい。経営陣は、あらゆる情報に直接向き合うことはできない。外部環境の変化も、内部の論点も、そのままでは複雑過ぎて扱いきれない。従って、本社機能は、未整理の外部環境変化を「経営が判断すべき争点」へ変える役割を持つ。これは単なるレポーティングではない。何を判断してほしいのか、その判断がどの資源配分や組織設計にどうつながるのかを、意思決定可能な形で提示することである。経営陣への貢献は、情報量を増やすことではない。判断可能な形に変えることにある。
そして最後に、資本市場に対してである。本社機能は、外部環境対応を単なるリスク対応としてではなく、企業価値への道筋として説明する責任を持つ。投資家が見ているのは、何を知っているかではない。何を選び、何を捨て、その結果として企業価値をどう変えるのかである。従って、本社機能は、外部環境の洞察を、事業ポートフォリオ、資源再配分、収益性、成長性、資本効率の話へ翻訳しなければならない。ここまでできて初めて、本社は中枢になる。
どこまでを中枢で持ち、どこを事業・地域に委ねるべきか
本社機能を強化する議論は、日本企業ではしばしば「何でも本社で持つ」方向に振れやすい。だが、必要なのは管理の集中ではない。争点の集中である。つまり、本社で持つべきものと、事業・地域に委ねるべきものを明確に切り分けなければならない。
本社が中枢として持つべきものは三つある。全社争点の定義、優先順位、資源再配分の原則である。何が会社全体にとって重要な争点なのか。どの外部環境変化を、どの時間軸で、どの経営論点として扱うのか。これは事業や地域に任せていては定まらない。また、本社は優先順位を持たなければならない。何を先にやるのか。どこに資源を寄せるのか。何をいまはやらないのか。優先順位を持たない本社は、情報を集めるだけの場所になる。さらに本社が持つべきなのは、資源再配分の原則である。外部環境の変化に応じて、人、資本、機能をどのように動かすのか。何を全社で持ち、何を各事業や地域に持たせるのか。この原則こそ、本社機能の中心である。
一方で、事業や地域に委ねるべきものも明確にある。市場適応や顧客接点に近い判断、ローカルでの実行設計、現場のスピードを要する打ち手は、基本的には現場が担うべきである。どの顧客にどう向き合うか、どの販売モデルを採るか、どの実行体制が市場に合うか。こうした判断は、現場に近い方がよい。問題は、そのローカル最適が全社争点から切り離されてしまうことなのである。本社の役割は、現場の判断を奪うことではない。現場が持つべき判断と、本社が持つべき争点を切り分け、その接続を設計することである。
この意味で、本社機能の強化とは、何でも本社に集めることではない。全社で持つべき争点と、現場に委ねるべき判断を切り分けることである。この線引きが曖昧だと、インテリジェンス機能も中途半端になる。本社は情報を集めるが使い切れず、現場は市場を知っていても全社の選択につながらない。従って、本社機能を再設計するとは、組織図をいじることではない。何を中枢の争点として持つのかを定義し直すことである。
複雑性の時代に求められる本社機能は、統制でも調査でもなく、中枢設計である
ここまで見てきたことを束ねると、結論はかなり明確である。複雑性の時代に求められる本社機能は、統制機関でも調査機関でもない。各事業、各地域、各機能、外部環境、資本市場の論理を引き受け、それらの依存関係を踏まえた上で、会社としての選択へ束ねる中枢である。
この本社機能は、管理ではなく設計であり、情報量ではなく争点の絞り込みを担う。従って、これからの本社機能に求められるのは、ベンチマークの高度化ではなく、選択の高度化である。他社事例を細かく見ることも、競合を早く知ることも、シナリオを精緻に描くことも手段に過ぎない。どれほど情報の精度が高くても、会社として何をやるのか、何をやめるのか、どこに資源を寄せるのかが定まらなければ、変革は進まない。むしろ、情報だけが増えれば、判断はかえって難しくなる。すべてに対応したくなり、すべてを見てから決めたくなり、結果として、どこにも張れない会社になる。
海外では、この接続を「予測精度」ではなく「判断の質」で設計している例がある。Shellは50年以上にわたりシナリオ思考を経営判断の補助線として使い続けており、シナリオを予測や事業計画そのものではなく、前提を揺さぶり、今日より良い意思決定を行うための道具だと位置づけている。その上で、同社は2025年の
Capital Markets Day で、競争優位のある領域への投資集中、年200〜220億ドルの資本支出、40〜50%の株主還元方針を示している。外部環境を読む営みは、情報の蓄積ではなく、どこに資本を振るかという選択に結びついて初めて経営機能になる。
インテリジェンス機能は単独では中枢にならない。本社が何を担うかによって初めて価値を持つ。もし本社機能が、依然として管理・承認・調整の延長にとどまるのであれば、インテリジェンス機能もまた、その周辺で情報を供給する補助機能にとどまるだろう。逆に、本社機能が全社の選択を設計する中枢として再構成されるのであれば、インテリジェンス機能は、外部環境の変化を争点に変え、争点を優先順位に変え、優先順位を資源再配分へ変える力を持ちうる。問い直されるべきなのは、インテリジェンス機能の有無ではない。本社機能そのものを、中枢設計機能として再構成できるかどうかである。
本社機能は「知る場」ではなく、「選ぶ場」である
問題は、インテリジェンス機能の必要性ではない。それをどのような本社機能として実装するかである。もしそれが、情報収集と分析の高度化として理解されるなら、企業はより多くを知るようになるかもしれない。しかし、それだけでは変革は進まない。ベンチマークは精緻になり、環境認識は豊かになり、議論の厚みも増すだろう。だが、それが会社として何をやるのか、何をやめるのか、どこに資源を寄せるのかという選択へ結びつかなければ、本社は調査機関化するだけである。
前稿
で見たように、日本企業の変革を止めているのは、情報不足ではなく、複雑性を全体として扱えないことであった。だとすれば、本稿で問うべきインテリジェンス機能の本質もまた明確である。それは、外部環境を「よく知る」ための機能ではない。外部環境の変化を、自社の事業、地域、機能、資源配分、人材配置の論点へ引き戻し、分散した各論を全社の選択へ束ねるための機能である。必要なのは、洞察の蓄積ではない。洞察を争点へ変え、争点を優先順位へ変え、優先順位を資源再配分へ変えることである。そこまで至って初めて、インテリジェンス機能は変革を進める中枢たりうる。
問うべきなのは、「知る機能を持つべきか」ではない。どのような本社機能の中で、知る力を選択へ変えるのかである。本社機能を問い直すとは、まさにそのことにほかならない。
ローランド・ベルガー 企業変革支援チーム
企業変革は、企業や組織が将来に対応できるよう導くことを目的とするものですが、それには変革を統括することに加え、組織、人材、およびステークホルダーとのコミュニケーションといった、企業変革に密接に関連した現場における豊富な専門性が求められます。ローランド・ベルガーの企業変革支援チームは、事業構造や財務構造の再構築、抜本的な収益改善、企業再生・変革を手掛ける業界横断型専門チームとして、クライアント企業の変革に向けた各種支援を行っています。
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田村 誠一(シニアパートナー)
・変革参謀として、経営層と協働する企業変革支援に精通。
・官民ファンドで投融資責任を負い、投融資先企業の再生と変革を主導。
・経営実務を経験(元JVCケンウッド代表取締役副社長、元ニデック専務執行役員)。JVCケンウッドではCSO/CFOとして中長期戦略策定と実行、事業COOとして事業再構築と実行を主導。ニデックでは買収事業(欧米中)の成長を現地経営陣とともに主導。
ポッドキャスト配信
・ローランド・ベルガーは、ポッドキャストの音声によるビジネス番組「変革参謀 -当事者が語るリアル-」の配信を2025年6月に開始いたしました。経営コンサルタントながらも変革をリードしてきた『当事者』としての視点を持つ田村誠一、野本周作(変革アドバイザー [非常勤])の2人が「企業変革とは何か」「企業変革のリアルとは」について語り合うトーク番組です。
・大企業からスタートアップまで、すべての企業経営者、ビジネスリーダーを支えビジネスの手助けとなる発見や示唆を提供することを目的としています。詳細は
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ローランド・ベルガーについて
ローランド・ベルガーは、欧州発祥唯一のグローバル経営コンサルティングファームとして、世界を代表する企業と共に数々の変革を牽引してまいりました。
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1967年の創業以来、ミュンヘンに本社を置き、世界各国で培った知見と専門性を結集しながら、データとAIの活用、そしてサステナビリティを軸に、新たな成長機会の創出と価値創造に取り組んでいます。
"その決意、前へ"
経営に、正解はありません。
経営者は常に不確実性の中で意思決定を迫られています。
最後までやり切る覚悟と、現実から目を背けない当事者意識が不可欠です。
欧州発祥のローランド・ベルガーは、多様なステークホルダーを抱えるクライアント企業と共に変革を実現してまいりました。
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難しい決断を、確かな前進へ。覚悟を、成果へ。
その決意、前へ。
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