成長を語る企業と、資源を動かす企業

成長を語る企業と、資源を動かす企業

2026年8月25日

『成長投資ガイダンス』が経営者と取締役会に突き付けた問い

日本企業には、本当に成長戦略が足りないのだろうか。多くの企業は中期経営計画を持ち、成長領域を掲げている。DX(Digital Transformation:デジタル変革)戦略もある。AI戦略もある。新規事業構想もある。成長市場を選び、将来の売上構成を置き、数年後の事業ポートフォリオを描く。成長は長く経営の中心テーマであり、そのための戦略や計画が不足しているようには見えない。

それでも、日本企業全体の成長投資は期待されたほど拡大せず、事業構造も大きく変わっていない。企業業績や株価が改善し、資本効率への意識が高まっても、その成果は新たな価値創造へ十分に振り向けられていない。2026年7月21日に経済産業省が公表した『 成長投資ガイダンス 』も、この停滞を問題視している。改革によって生まれた余力が、なぜ次の成長を動かす力にならないのか。

成長市場を選び、将来像と目標数字を並べるだけなら、社内の誰も大きく傷つかない。既存事業の予算も、人員も、権限も変えずに、成長を語り続けることができる。しかし、成長投資には資本と人材の移動が伴う。新たな領域へ資源を振り向けるには、既存事業に配分してきた資源の優先順位を変えなければならない。日本企業に足りないのは新たな成長戦略なのか。それとも、描いた成長戦略に沿って資本と人材を動かす意思決定なのだろうか。

改革は進んだ、だが次の成長に進めていない

『成長投資ガイダンス』は、「もっと成長投資を増やすべきだ」という単純な投資不足論ではない。その問題意識は、これまでの改革が失敗したことではなく、その成果が次の成長につながっていないことにある。

この十数年、日本企業は大きく変わった。資本効率を重視する経営への転換が進み、コーポレートガバナンス改革も浸透した。企業収益は改善し、株価は上昇し、株主還元も拡大した。ROE(Return on Equity:自己資本利益率)や資本コストは経営の共通言語になり、中期経営計画にも資本効率目標やキャピタルアロケーション方針が並ぶようになった。日本企業が何も変わらなかったという見方は、現実に即していない。

しかし、経営の言葉と数字が変わったほどには、次の成長は生まれていない。業績や株価が改善しても、設備投資や研究開発投資は伸び悩み、人材への投資も限定的なままである。事業ポートフォリオ改革を掲げながら、価値を生まない事業や資産を抱え続ける企業も少なくない。改革によって企業の収益力は改善したが、その成果を新たな価値創造へつなげる循環は十分に回っていない。

『成長投資ガイダンス』が突いているのは、この停滞である。資本効率を改善し、見栄えのよい目標数字を掲げるだけでは成長は生まれない。改善によって生み出した価値を次の成長へ振り向けられなければ、改革は数字の改善で終わる。改革は進んだ。だが、その成果を次の成長へ変える段階には進めていないのである。

戦略はある、会社は動かない

日本企業の課題を成長戦略不足として説明することは難しい。成長市場は分析されている。DX戦略も、AI戦略も、新規事業戦略もある。中期経営計画には重点領域が並び、将来の事業ポートフォリオも描かれている。成長を考えていない企業は少ない。

それにもかかわらず、企業の姿は思うほど変わらない。将来有望な市場は認識され、強化すべき事業も明確になっている。しかし、投資予算、人材配置、組織構造は従来の延長線上にとどまる。中期経営計画は更新されても、事業構造は前回の延長線上に残り続ける。戦略は変わっても、会社は変わらないのである。

企業は市場の変化を分析し、新たな機会を見つけることはできる。しかし、その機会に向けて資本や人材を移すことは、まったく別の営みである。成長市場を語ることに反対する人は少ないが、既存事業の投資を減らすこと、人材を異動させること、事業の優先順位を変えることには必ず利害が伴う。

その結果、将来像は描かれ、目標数字は設定され、新たな重点領域も示される一方で、何をやめるのか、どこから人材を移すのか、どの事業から資本を引き揚げるのかは曖昧なまま残される。お絵描きとしての成長戦略や、数字遊びとしての中期経営計画が増えても、会社そのものは動かない。

企業が変わるのは、新しい構想を描いたときではない。その構想に向けて資源を動かしたときである。新規事業戦略があっても人材が移らなければ、事業は育たない。重点領域を定めても投資配分が変わらなければ、企業の優先順位は変わらない。成長戦略の数と企業の成長は比例しない。両者を分けているのは、描いた将来像に向けて現在の資源配分を変えられるかどうかである。

成長投資という誤解

成長投資という言葉を聞くと、多くの企業は新しい投資を思い浮かべる。研究開発費を増やす。新工場を建設する。M&Aを実施する。新規事業に予算を付ける。成長投資の議論が歓迎されやすいのは、新しいことを始める話だからである。

しかし、本来の成長投資はそれほど気楽なものではない。企業が持つ経営資源は有限であり、新しい事業へ投資するには、どこか別の事業への投資を減らさなければならない。新しい成長領域へ人材を配置するには、既存事業から人材を移さなければならない。成長投資とは追加投資ではなく、経営資源の優先順位を変えることである。

ところが、多くの企業では成長投資が「何を増やすか」の議論になり、「何をやめるか」の議論にならない。成長市場は語られ、投資テーマも整理されるが、既存事業からどのように資本を引き揚げ、どの組織から人材を移すのかという議論になると途端に進まなくなる。その結果、新たな重点領域は増え続ける一方で、企業の重心は変わらない。

こうして成長投資そのものが目的化する。投資額を積み上げ、重点領域を定め、中期経営計画に新しい目標数字を並べることで、成長に向けて動いているように見える。しかし、投資額が増えても、資本と人材の流れが変わらなければ企業は変わらない。問われるべきは、いくら投資するかではなく、その投資によって経営資源の配分がどう変わるかである。

『成長投資ガイダンス』が求めているのも、投資額の一律な拡大ではない。価値を生まない領域から資源を引き揚げ、価値を生む領域へ振り向けることである。成長投資とは、新たな投資案件を並べることではなく、資本と人材の流れを変える資源配分の意思決定なのである。

資源配分は誰の仕事か

『成長投資ガイダンス』は、すべての企業に同じ行動を求めているわけではない。価値を十分に生み出せていない企業と、すでに価値を生み出している企業では、優先すべき課題が異なるからである。

価値を生み出せていない企業にとって、成長投資の拡大は最優先の課題ではない。まず、価値を生み出していない事業や資産を見直し、そこに滞留している資本と人材を解放しなければならない。収益性の低い事業を抱えたまま新たな投資を積み上げても、企業全体の価値創造は進まない。何を伸ばすかを考える前に、何を縮小し、何をやめるかを決める必要がある。

すでに価値を生み出している企業には、異なる課題がある。資本効率の改善だけでは、企業価値の持続的な向上には限界がある。生み出した価値を研究開発、新規事業、人的投資へ振り向け、価値創造の規模を拡大しなければならない。こちらで求められるのは、価値を生まない領域から資源を解放するだけでなく、将来の成長を担う領域へ大胆に資源を移すことである。

両者では打ち手が異なる。しかし、問われている能力は同じである。価値を生まない領域から資源を引き揚げることも、価値を生む領域へ資源を振り向けることも、資源配分の意思決定にほかならない。企業を分けるのは、成長戦略の巧拙よりも、この意思決定を継続して行えるかどうかである。

資源配分は、個々の事業部門に委ねて実現できるものではない。既存事業の責任者に、自らの予算や人材を手放す合理性は乏しい。各部門が自部門の成長と業績に責任を負うほど、資源は現在の組織に固定されやすくなる。全社の価値創造を基準に、事業を越えて資本と人材の優先順位を変える意思決定は、経営者が引き受けなければならない。

取締役会が監督すべき対象も、戦略の有無ではない。戦略に沿って資本と人材が実際に動いているかである。新規事業を掲げながら投資配分が変わっていない、AIを成長の柱に据えながら人材配置が変わっていないのであれば、戦略は実行されていない。取締役会には、経営が示した将来像と現実の資源配分を照らし合わせ、その乖離を問い続ける役割がある。

成長投資が進まないのは、投資案件が不足しているからとは限らない。既存事業から資源を引き揚げ、新たな領域へ移す意思決定が先送りされているからである。資源配分の責任主体が曖昧なままでは、どれほど魅力的な成長戦略を掲げても、企業の重心は変わらない。

成長の道筋を描けるか

多くの企業は、自社が将来どのような企業になりたいのかを語ることができる。AIを活用した企業になる。ソリューション企業へ転換する。新規事業比率を高める。グローバル展開を加速する。中期経営計画や長期ビジョンには、魅力的な将来像と目標数字が並んでいる。

しかし、将来像が鮮明であることと、そこへ到達できることは同じではない。どの事業を伸ばすのかは示されても、そのためにどの事業を縮小するのかは示されない。どの市場へ進出するのかは語られても、そのために組織や人材配置をどう変えるのかは語られない。最終年度の売上構成は描かれても、初年度に何をやめ、翌年度にどの資源を動かすのかは曖昧なままである。現在と未来を二枚の絵として並べるだけでは、企業はその間を移動できない。

成長の道筋とは、将来像を実現する施策の一覧でも、目標数字から逆算した工程表でもない。新たな成長領域へ投じる原資をどこから生み出し、既存事業の何を縮小し、どの順序で企業の重心を移していくのかを定める移行設計である。そこでは予算、人員、権限が実際に動く。将来像には賛成できても、移行設計には利害が生じるため、未来を描く議論は進んでも、そこへ移る議論は止まりやすい。

とりわけ動かしにくいのが人材である。設備投資には予算を付けられる。M&Aには資金を用意できる。しかし、新たな成長領域を担う人材を育て、既存事業から移し、成果責任を持たせることは容易ではない。事業ポートフォリオの将来像を語りながら、人材ポートフォリオは現在のままという企業は少なくない。事業の未来は描いても、人材の未来は描かれていないのである。

AIを成長戦略の中核に置くのであれば、AI人材をどれだけ増やし、どの部門から移し、その代わりにどの仕事を減らすのかまで決めなければならない。新規事業を成長の柱に据えるのであれば、余力のある人材を寄せ集めるのではなく、事業を背負える人材を既存事業から移す必要がある。既存事業の人員を温存したまま、新しい領域へ追加的に人を置くだけでは、企業の重心は変わらない。

『成長投資ガイダンス』が求める「成長の道筋」は、成長の物語ではない。何をやめ、どこから資本を引き揚げ、誰をどこへ移し、どの時間軸で企業の重心を変えるのかを示す資源移動の設計である。資本の移動計画と人材の移動計画が一体になったとき、成長戦略は初めて実行可能な成長投資へ変わる。

成長を決めるのは、資源の流れである

『成長投資ガイダンス』が求めているのは、成長投資の拡大そのものではない。価値を生まない領域から価値を生む領域へ、資本と人材を移すことである。成長市場の分析も、長期ビジョンも、中期経営計画も、そのために存在する。成長投資とは、投資案件を増やすことではなく、経営資源の流れを変えることなのである。

成長を語る企業は多い。だが、資源を動かす企業は多くない。企業を分けるのは戦略の有無ではなく、成長の道筋を描き、その道筋に沿って資本と人材を動かせるかどうかである。次の成長を手にするのは、成長を構想した企業ではない。成長に向けて、自らの資源配分を変えた企業である。

ローランド・ベルガー 企業変革支援チーム

企業変革は、企業や組織が将来に対応できるよう導くことを目的とするものですが、それには変革を統括することに加え、組織、人材、およびステークホルダーとのコミュニケーションといった、企業変革に密接に関連した現場における豊富な専門性が求められます。ローランド・ベルガーの企業変革支援チームは、事業構造や財務構造の再構築、抜本的な収益改善、企業再生・変革を手掛ける業界横断型専門チームとして、クライアント企業の変革に向けた各種支援を行っています。

お問い合わせは、お電話(03-4564-6660)または、 こちら より下記コンサルタント宛にご連絡ください。

田村 誠一(シニアパートナー)
・変革参謀として、経営層と協働する企業変革支援に精通。
・官民ファンドで投融資責任を負い、投融資先企業の再生と変革を主導。
・経営実務を経験(元JVCケンウッド代表取締役副社長、元ニデック専務執行役員)。JVCケンウッドではCSO/CFOとして中長期戦略策定と実行、事業COOとして事業再構築と実行を主導。ニデックでは買収事業(欧米中)の成長を現地経営陣とともに主導。

ポッドキャスト配信

・ローランド・ベルガーは、ポッドキャストの音声によるビジネス番組「変革参謀 -当事者が語るリアル-」の配信を2025年6月に開始いたしました。経営コンサルタントながらも変革をリードしてきた『当事者』としての視点を持つ田村誠一、野本周作(変革アドバイザー [非常勤])の2人が「企業変革とは何か」「企業変革のリアルとは」について語り合うトーク番組です。
・大企業からスタートアップまで、すべての企業経営者、ビジネスリーダーを支えビジネスの手助けとなる発見や示唆を提供することを目的としています。詳細は こちら からご確認ください。

ローランド・ベルガーについて

ローランド・ベルガーは、欧州発祥唯一のグローバル経営コンサルティングファームとして、世界を代表する企業と共に数々の変革を牽引してまいりました。
経営環境がかつてないスピードで変化する中、私たちは業界への深い知見と実行力を武器に、企業変革を主導し、競争力強化と持続的な成長を実現しています。
1967年の創業以来、ミュンヘンに本社を置き、世界各国で培った知見と専門性を結集しながら、データとAIの活用、そしてサステナビリティを軸に、新たな成長機会の創出と価値創造に取り組んでいます。

"その決意、前へ"
経営に、正解はありません。
経営者は常に不確実性の中で意思決定を迫られています。
最後までやり切る覚悟と、現実から目を背けない当事者意識が不可欠です。
欧州発祥のローランド・ベルガーは、多様なステークホルダーを抱えるクライアント企業と共に変革を実現してまいりました。
世界中の知見と多様な専門性を結集し、共に考え、共に動き、共にやり抜く。
難しい決断を、確かな前進へ。覚悟を、成果へ。

その決意、前へ。

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田村 誠一
シニアパートナー
東京オフィス, 東アジア
+81 3 4564-6660
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