フィジカルAIは、現場をどう設計し直すのか

フィジカルAIは、現場をどう設計し直すのか

2026年9月25日

仕事の中身が分かれ始めると、ヒト単位の会社は揺らぐ

工場でも物流でも、機械が担える作業は確実に増えている。物を認識し、運び、拾い、仕分け、一定の条件下では判断まで行う。フィジカルAIの進展により、これまで人にしかできないとされてきた作業の一部が、すでに現場の中で切り出され始めている。ローランド・ベルガーが2026年に実施した調査によれば、この分野は技術進展と労働力不足という構造要因が重なることで、2035年には数千億ドル規模、長期的には数兆ドル規模に達する可能性がある。

現場にはすでに新しい機能が入り始めている。しかし、フィジカルAIがもたらしているのは、人をそのまま置き換えることではない。人の中に束ねられていた認識、判断、操作、調整といった働きが、部分ごとにほどけ、別々のかたちで現場に現れ始めている。一方、現場のあり方は表面上、大きくは変わっていないようにも見える。本稿では、このズレがどこから生まれているのかを問う。

仕事は「人の職務」として束ねられてきた

企業の仕事は、本来、単一の行為ではなく複数の働きの組み合わせで成り立っている。対象の状態を認識し、その意味を判断し、手を動かして操作し、結果を確認し、必要に応じて調整する。異常があればそれに気づき、工程の前後や他者との関係の中で流れを整える。現場で起きている作業は、こうした性質の異なる働きが連なり、一つのまとまりとして機能している。

しかし企業は、こうした働きを個別に分解して設計してきたわけではない。作業の実態が複雑であるほど、それを一つの職務として束ね、人が一体で担うものとして扱ってきた。生産ラインの組み立て工程であれ、物流現場のピッキング作業であれ、その中には複数の働きが含まれているにもかかわらず、組織上は単一の「担当」として扱われる。

この前提は合理的でもあった。働きごとに分けて管理するより、人に一括して任せた方が柔軟であり、例外対応にも強い。教育も人単位で行う方が分かりやすく、標準化も手順として定義すればよい。評価も職務単位で成立するため、全体としての運営はシンプルになる。結果として、企業の設計単位は一貫して「人」になった。仕事は職務として定義され、配置によって成立し、生産性は人あたりで測られる。改善活動も作業者単位の熟練や標準化の積み重ねとして進められ、現場管理者の役割も人の配置と統制を中心に組み立てられてきた。

だが、ここで見落としてはならないのは、仕事が本質的に人単位でしか成り立たなかったわけではないという点である。認識、判断、操作、調整といった働きは、必ずしも一体でなければならないものではなかった。分けて設計するだけの技術的・経済的な意味が、これまで存在しなかっただけである。仕事が人単位で束ねられてきたのは、分けられなかったからではない。分ける理由がなかったからである。

近年、人材や組織の議論では、固定的な職務(ジョブ)ではなく、より細かなスキルの束として仕事と人材を捉え直す「スキルベース組織」への移行が語られている。だが、フィジカルAIが突きつけているのは、そのさらに手前にある問題である。仕事はなお人に割り当てる単位として捉え続けてよいのか、その前提そのものが問われている。

フィジカルAIは、仕事の中身を切り分けていく

現場で起きる変化は、人の代替ではなく、一人の中に束ねられていた働きが切り出されることとして現れる。対象の位置や状態を捉える認識は、センサーや画像認識によって外に出る。一定条件下での動作はロボットや自動機が担い、異常の検知や定型判断はアルゴリズムとして組み込まれる。しかしこれらは職務全体を置き換えるものではない。あくまで、仕事の中に含まれていた特定の働きが、個別の機械側の機能として現場に置かれていくのである。

重要なのは、この変化が揃って進まないことである。認識が先に外に出る領域もあれば、動作だけが先に機械化される領域もある。検知は高度化されても、その結果をどう扱うかという判断はなお人に残りやすい。つまり、仕事は丸ごと置き換わるのではなく、部分ごとに、しかも別々の速度で変わる。フィジカルAI時代の現場は、異なる働きが、異なる速度で、別々に外に出ていくことを前提にしなければならない。

結果として現れるのが、「一部だけ変わった仕事」である。従来一体であった仕事のうち、ある働きだけが先に機械側へ移り、残りはそのまま人の側に残る。この状態は、フィジカルAIの進展局面では例外ではなく標準になる。変化は常に部分から浸透し、しかもその進み方が領域ごとに揃わないからである。

ここで注意すべきは、認識・判断・操作といった働きのうち、どれが人に残り、どれが機械に移るかが固定されているわけではないという点である。とりわけ判断は、十分なデータと安定した条件が整えばアルゴリズムとして実装されうる領域であり、本質的に人に固有の領域ではない。

しかし現実の現場では、判断に必要なデータが不足していたり、状況のばらつきが大きかったり、責任の所在が明確でなかったりするために、判断は最も人側に残りやすい働きになる。判断が人に残っているのは、人の方が優れているからではない。判断を機械に委ねるための前提条件が、まだ整っていないからである。その結果として、認識や操作が先に機械化され、その間に位置する判断だけが、当面の間、人に残る構造が生まれる。

中身は変わるのに、仕事の全体は変わらない

問題は、現場に新しい機能が足りないことではない。増えた機械側の機能と、人の側に残る働きが、なお仕事としてつながっていないことである。認識の結果が次の操作にどう受け渡されるのか。自動化された動作が前後工程にどのような制約をもたらすのか。異常検知の結果を、誰がどの時点で判断に反映するのか。こうした接続が設計されないままでは、機能は存在しても仕事として成立しない。

このとき現場で増えるのは、機械側の機能そのものではなく、それらをつなぐための調整である。機械が担えない部分を人が補い、人だけでは追いつかない部分を機械に任せ、その間で発生する不整合を現場で吸収する。機能が増えるほど、この調整は増える。どの異常を現場で吸収し、どの異常を止めるのか。どこまでを自動運転の範囲とみなし、どこからを例外として扱うのか。こうした仕事は工程表には現れにくいが、運営の実態としては増えていきやすい。

ここで起きているのは、新しい問題の発生ではない。むしろ、これまでヒトの内部で処理されてきた不確実性が、仕事の構造として露出しているのである。従来の現場では、認識の誤差、判断の迷い、作業のばらつきは一人の職務の中に含まれており、その都度の調整によって処理されてきた。そのため、どの条件で誰が介入するのかを明示的に定義する必要はなかった。しかし働きが分かれて配置されると、これらは工程の間に現れ、接続として扱わざるを得なくなる。

しかもこれは、一時的な移行状態ではない。働きごとの進化速度が異なる以上、「一部だけ変わった状態」は構造的に続く。すべてが揃うまで待ってから仕事を組み替えるという発想は、現実的ではない。にもかかわらず、企業の側は依然として仕事を人単位で設計し続けている。職務はそのまま維持され、人員配置も変わらず、評価体系も更新されない。その結果、機械側の機能の追加は仕事の再定義につながるのではなく、既存の仕事の内側を複雑にするかたちで吸収される。

ここに根本的なズレがある。フィジカルAIは、仕事を構成していた働きをばらばらに外へ出していく。だが企業は、なお仕事を職務単位で扱い続ける。この二つの単位が一致していないために、どれだけ新しい機能が増えても、それが全体の変化として現れない。むしろ、部分最適の積み重ねが全体最適を見えにくくする。

重要なのは、接続が存在しないわけではないという点である。現場では機能同士は実際にはつながっている。しかしその接続は、あらかじめ設計されたものではなく、現場ごとの判断や工夫によってその都度成立しているに過ぎない。接続のルールは存在するが、それがどのような条件で適用されるのかが統一されておらず、担当者や現場に応じて解釈されている。

揺らいでいるのは現場ではなく、企業の設計原理である

フィジカルAIの導入が進んでも仕事の全体が変わらないのは、個別の技術が足りないからではない。働きが部分ごとに外へ出ていく一方で、それを受け止める企業の側の設計単位が変わっていないからである。認識、判断、操作、検知といった働きが現場に別々の機能として増えても、それらがなお人の職務の内側に押し込まれたまま運用される限り、変化は局所的な改善にとどまる。起きているのは一部工程の効率化ではなく、仕事を成立させてきた会社の組み立て方そのもののほころびである。

問題は、働きが分かれること自体ではない。それらをどのようにつなぐかが定義されていないことである。具体的には、どの条件で人が介入するのか、どの状態を異常とみなすのか、どこで処理を止めるのか、どこまでを自動で流すのかといった判断が、あらかじめルールとして定義されていない。現場ではすでに、人と機械の間の接続は成立している。しかしそれは、誰がどの条件で介入するのか、どこで流れを止めるのか、どの異常を例外として扱うのかといった判断が、事前に定義されたルールとしてではなく、現場の判断として処理されているに過ぎない。本来設計されるべき接続が、運用として吸収されているのである。言い換えれば、本来企業が決めるべきことが、現場に任されているということである。

この問題を業務改善の延長として扱うと、論点はすぐに矮小化する。どの工程を自動化するか、どの業務で省人化を進めるか、どの部門が導入を担うか。いずれも必要な問いではあるが、それらはすべて既存の仕事のまとまりを前提としている。だが崩れ始めているのは、そのまとまり自体である。仕事の単位が揺らいでいる以上、その単位のまま改善を積み上げても、全体の整合は戻らない。むしろ改善が進むほど個別最適が増え、あとから全体を組み替える余地は小さくなる。

こうして仕事と運営の前提が崩れ始める

この変化は、個別の業務にとどまらない。仕事そのもの、運用の仕組み、そして組織の関係という、三つのレベルで前提を揺らしていく。

最初に揺らぐのは、仕事の輪郭である。これまでは、ある工程や職務に必要な働きが一人の中に束ねられている前提で、どこまでが一つの仕事で、どこからが別の仕事なのかを比較的明確に線引きできた。しかし働きの一部が人の外に出ていくと、その線引きは曖昧になる。例えば、これまで一人の作業者が担っていた「部品状態の見極め→取り出し→向きの修正→投入」という一連の流れのうち、見極めだけが機械化されると、表面上は一つに見える職務の一部が別の論理で動き始める。

そして仕事の輪郭が揺らぐと、従来の標準化もそのままでは成立しない。これまでの標準化は、「同じ手順を守れば同じ結果が出る」という前提に立っていた。しかし働きが分かれて配置される状況では、同じ手順そのものが成立しなくなる。必要になるのは、単一の手順の固定ではなく、異なる機能と人の働きがどの条件で接続されるときに全体として仕事が成立するのか、その接続条件を標準として定義することである。

次に揺らぐのは、管理の前提である。これまでの管理は、人に割り当てられた作業が適切に実行されることを前提に成り立ってきた。しかし働きが人と機械にまたがると、その前提は崩れる。どこまでを自動で流し、どこから人が介入するのか、異常時にどの段階で流れを切り替えるのかといった条件が曖昧なままでは、機能の追加はそのまま管理の負荷として積み上がる。

同じことは評価にも育成にも現れる。職務単位で定義された処理量や品質といった指標だけでは、接続の調整に伴う負荷を捉えにくくなる。さらに、一つの職務を完遂できる人材の育成だけでは足りなくなり、人と機械の分担構造を前提に接続条件を理解し、読み替える力が求められる。管理や評価、育成といった仕組みは、人単位の仕事を前提にした運用から、接続を成立させる運用へと重心を移していく。

さらに揺らぐのは、本社と現場の関係である。標準を定め、ルールを整備し、一定のやり方を全体に行き渡らせるという本社の役割は、人単位で仕事が成立しているときには合理的だった。しかしフィジカルAIの下で、機械側の機能の置かれ方と接続条件が現場ごとに変わり始めると、固定的な標準だけでは整合が取れなくなる。現場に裁量を委ねればばらつきが増え、中央で一律に決めれば実態に合わない。その結果、標準を守るほど非効率になり、守らなければ統制逸脱と見なされるといった矛盾が生じやすくなる。

ここで必要になるのは、現場手順を細かく規定することではない。接続をどう変えてよいか、どこは変えてはいけないかという更新の原則を持つことである。再編成の対象は現場の作業だけではなく、それを統合してきた本社の統治の仕方にも及ぶ。

フィジカルAIは現場の生産性テーマである。しかし、それだけでは終わらない。現場に機械側の機能が加わることで、企業を成り立たせてきた複数の仕組みが揺らぎ始める。これを業務改善として処理する限り変化は局所に閉じるが、前提そのものを見直す場合にのみ全体構造の変化につながる。そのとき企業差は、何を導入したかではなく、外に出た働きをどこまで仕事として束ね直せるかに現れる。

仕事は、なお人単位で設計され続けるのか

本稿で見てきたのは、フィジカルAIが新しい機能を持ち込むという事実そのものではない。人が一体で担ってきた仕事の中にあった働きが、外に出始めているという変化である。問題は、その働きをなお「人が担う一まとまりの仕事」として扱い続けていることである。だからこそ、機械側の機能は増えているのに、仕事の構造は変わらない。この不一致は、やがて現場の運営の問題にとどまらなくなる。仕事の単位を人に置いたまま、働きだけが外に出ていけば、企業の仕組みは内側から整合を失っていく。

問われているのは、どの技術を入れるかではない。企業はなお仕事を人単位で捉え続けるのか、それとも、外に出始めた働きの配置と接続から仕事そのものを組み替えるのか。その選択である。

ローランド・ベルガー 企業変革支援チーム

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