問題解決能力を磨いた組織が、なぜ変われないのか
By 田村 誠一
成功が奪う「健全な違和感」
市場や顧客の変化は、多くの場合、問題としてではなく違和感として現れる。ところが企業は成長するほど、成功要因を標準化し、KPIによる管理を強化し、問題解決能力を磨いていく。その結果、曖昧な違和感よりも既知の課題を優先するようになり、変化の兆候は経営課題になる前に組織の中で消えていく。
企業が変われなくなるのは、変化に対応する力が不足しているからではない。変化を感じ取る力が弱くなるからである。変化し続ける企業とは、効率性を追求しながらも、その過程で失われがちな健全な違和感を維持できる企業なのである。
優れた企業が変化への対応で後れを取るのは、経営能力が不足しているからではない。成功によって磨かれた管理の仕組みが、組織の知覚そのものを徐々に均質化していくからである。
変革の成否を決めるのは、問題が明確になった後の実行速度ではない。まだ説明できない違和感を「考えるべき問い」として扱えるかどうかである。
企業文化を維持する方法が評価制度であるように、変化への感度を維持する方法も評価制度である。違和感を語る人材が組織の中で生き残れなければ、その企業はやがて変化そのものを認識できなくなる。
多くの企業は、後になってこう振り返る。「あの時から市場は変わり始めていた」、「あの時から顧客の反応は変わっていた」、「あの時から競争のルールは変わりつつあった」。しかし、その変化が実際に起きていた時点では、それらは問題として認識されていないことが多い。売上が急激に落ちるわけではない。利益率が大きく悪化するわけでもない。顧客が一斉に離れていくわけでもない。現場にあるのは、説明しにくい違和感や、これまでとは少し異なる顧客の反応、あるいは何となく気になる変化である。
だから企業は動かない。正確には、動かなかったのではない。その時点では、動くべき問題が存在しているように見えなかったのである。小さな違和感は経営課題になる前に組織の中で消えていく。根拠が曖昧だからである。測定もできないからである。そして、問題解決能力を磨いてきた組織ほど、そのような違和感よりも、既に定義された課題や測定可能な指標を優先する。
ところが後から振り返ると、その小さな違和感こそが大きな変化の始まりだったことは少なくない。変化に対応できる企業と対応できない企業が存在するのはなぜなのだろうか。企業が変われなくなるのは、本当に問題を解く力を失ったからなのだろうか。それとも、問題を解く力を磨く過程で、「健全な違和感」を感じ取る力を失っているからなのだろうか。
なぜ企業は変化に気づけないのか
企業変革の議論では、意思決定の遅さや実行力不足が問題として語られることが多い。経営陣が決断できなかった、現場が動かなかった、組織の抵抗が強かった。変革が進まない理由として、こうした説明は理解しやすい。しかし、多くの企業の歩みを振り返ると、少し異なる風景も見えてくる。
業績が悪化したとき、多くの企業は動く。市場シェアが低下すれば対策会議が開かれる。利益率が悪化すれば改革プロジェクトが立ち上がる。顧客離れが起これば営業や商品戦略の見直しが始まる。つまり、問題が見えれば企業は行動する。問題解決能力そのものが失われているわけではない。
それにもかかわらず、変革が間に合わないことがある。事業環境の変化に後れを取り、新たな競争に対応できず、気づいたときには大きな差が生まれている。そこでは実行力の不足だけでは説明できない何かが起きている。問題が発生してから対応することと、問題が深刻化する前に変化を認識することは、まったく別の能力だからである。
実際、変化は突然現れるわけではない。顧客の行動が少しずつ変わる。これまで高く評価されていた価値が以前ほど評価されなくなる。競争相手が異なる競争軸で市場に参入してくる。現場では説明しにくい違和感が語られ始める。しかし、その段階では多くの場合、それらは例外的な事象として扱われる。数字にも表れず、緊急性もなく、明確な問題には見えないからである。
変化は見えていなかったのではなく、違和感として存在していたのかもしれない。だが、その違和感は経営課題として扱われなかった。問題解決能力を磨いた組織は、既に定義された課題を解くことには強い。しかし、まだ十分な根拠を持たない違和感を扱うことには必ずしも強くない。
問題が見えれば動ける企業が変われないとすれば、本当に失われているのは、問題を解く力ではなく、問題になる前の違和感を見逃さない力なのではないか。問題解決能力を磨いた組織ほど、なぜ「健全な違和感」を扱えなくなるのだろうか。
問題発見能力とは何か
多くの変化は、最初から問題として現れるわけではない。顧客の反応が少し変わる。現場で説明しにくい不一致が起きる。これまで当たり前だったことに、何となく違和感を覚える。しかし、その段階では何が起きているのか分からない。それが一時的な現象なのか、本質的な変化の始まりなのかも判断できない。
だから多くの違和感は、そのまま消えていく。十分な根拠がない。数字で説明できない。明確な問題として表現できない。組織の中では、そのような曖昧な感覚よりも、既に認識されている課題の方が優先される。結果として、小さな兆候は例外として処理され、日常の中に埋もれていく。
しかし、後になって振り返ると、その時の違和感こそが大きな変化の始まりだったことは少なくない。市場の変化も顧客の変化も、最初はそのような曖昧な形で現れる。変化がなかったのではない。変化が問題として認識されなかったのである。
問題発見能力とは、この段階で失われがちな違和感に意味を見出す能力である。まだ問題として認識されていない現象の中に変化の兆候を見出し、その意味を問い続ける能力でもある。必要なのは正しい答えを持つことではない。違和感を安易に打ち消さず、そこに立ち止まることである。
問題解決能力が既に認識された課題への対応力だとすれば、問題発見能力は問題になる前の違和感を見逃さない力である。どれほど優れた答えを持っていても、問いそのものが生まれなければ意味はない。違和感を問題として認識できるかどうかが、企業の将来を大きく左右する。
危機意識はどこから生まれるのか
同じ環境変化に直面していても、企業によって反応の速度は大きく異なる。変化が誰の目にも明らかになってから動き始める企業もあれば、まだ周囲が問題として認識していない段階から行動を始める企業もある。その違いは、実行力の差ではない。変化をどれだけ早い段階で意味あるものとして認識できるかの差である。
危機意識という言葉は、しばしば危機感と混同される。しかし両者は同じではない。危機感は業績悪化や市場縮小など、危機が顕在化した後に生まれる。一方で危機意識は、それがまだ危機として見えていない段階で生まれる。数字には表れていない。明確な問題として整理もされていない。それでも何かがおかしいと感じ、その意味を考え続けるところから危機意識は始まる。
顧客の反応に以前と違いがある。現場で起きていることが、これまでの説明ではうまく説明できない。競合の動きに小さな変化が見える。こうした違和感の多くは、十分な根拠を持たないために組織の中で消えていく。しかし一方で、その違和感を無視せず、その背後で何が起きているのかを問い続ける組織もある。
企業間の差はここで生まれる。ある企業は、違和感を例外やノイズとして処理する。十分なデータが集まり、誰もが問題として認識できる状態になるまで判断を留保する。その姿勢は合理的であり、誤った判断を避けるという意味では正しい。しかし、その時にはすでに変化は進行している。一方で別の企業は、違和感の意味を考え続ける。答えがないことを前提にしながらも、「何かが変わり始めているのではないか」という問いを持ち続ける。その結果として、環境変化をより早い段階で認識することができる。
問題発見能力とは、この「健全な違和感」を見逃さない能力である。問題が顕在化した後に対応する能力ではなく、問題になる前の段階で変化の兆候に意味を見出す能力である。まだ危機ではない段階で違和感を捉えられなければ、危機意識そのものも生まれない。
変革の成否を分けるのは、多くの場合、問題解決能力の差ではない。「健全な違和感」を持ち続けられるかどうかの差である。その違和感が危機意識を生み、環境変化を認識する速度の差となって現れるのである。
組織はなぜ「健全な違和感」を失うのか
企業が変われなくなる理由は、危機感の不足や現場の抵抗だけでは説明できない。多くの企業が真面目に取り組んできた経営の成果そのものが、その背景にある。
企業は成長する過程で、事業運営の精度を高めていく。成功要因を特定し、それを標準化し、組織全体へ展開する。成果を測るためにKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)を整備し、評価制度と連動させる。そして、その行動様式を体現する人材を昇進させる。こうした取り組みは事業成長に不可欠であり、多くの優れた企業はまさにその力によって競争力を築いてきた。
しかし、この成功のプロセスには見落とされがちな副作用がある。組織から「健全な違和感」を少しずつ奪っていくことである。
企業は成功するほど、自社が何を見るべきかを知るようになる。どの顧客を重視するのか。どの市場で戦うのか。どの指標を追えば成果につながるのか。こうした判断基準は過去の成功を通じて磨かれていく。それ自体は強みである。しかし環境が大きく変化するとき、本当に変わるのは答えではなく問いである。顧客が求める価値が変われば、これまでの問いそのものが意味を失うこともある。ところが多くの組織は、過去に成果を生んだ問いを問い直すよりも、その問いに対する答えを改善し続ける。その結果、説明のつかない変化に出会っても、違和感ではなく例外として処理するようになる。
その傾向をさらに強めるのがKPIである。KPIは優れた経営ツールであり、組織全体の方向性を揃え、課題解決のスピードを高める。しかし、KPIが扱うのは本質的に「既に重要だと分かっているもの」である。売上、利益、生産性、顧客満足度。いずれも重要であり、管理すべき対象であることに疑いはない。しかし、変化の兆候は多くの場合、そのような指標には現れない。市場の空気感の変化、顧客の価値観の揺らぎ、新たな競争軸の萌芽といったものは、最初は数字にならない。KPIによる管理が洗練されるほど、組織は測定できるものへ意識を向けるようになる。その結果、予兆より実績を、違和感より根拠を重視するようになる。
さらに、成功体験とKPIによる運営は、人材の同質化を生み出していく。組織は、自社の成功モデルを理解し、それを再現できる人材を評価するようになる。昇進する人材も、重要なポストを担う人材も、その価値観や思考様式を共有する傾向が強くなる。すると組織は、共通の経験、共通の言語、共通の評価軸によって運営されるようになる。議論は効率化し、意思決定は速くなる。しかし同時に、異なる視点は失われていく。会議で異論が出なくなる。説明しにくい違和感が語られなくなる。組織全体が同じ景色を見るようになるのである。
成功体験もKPIも同質化も、それ自体が問題なのではない。いずれも優れた経営の条件である。しかし、それらは組織から「健全な違和感」を奪っていく。企業は成長するほど、既知の問題を効率よく解く能力を高めていく。しかしその過程で、既存の前提では説明できない出来事に立ち止まり、「何かがおかしい」と感じる力を失っていく。そして、それこそが変革を難しくする。
企業が変われなくなるのは、問題解決能力が不足しているからではない。むしろ、その能力を磨き続けた結果として、「健全な違和感」が静かに失われていくからである。変革を阻んでいるのは、過去の失敗ではない。過去の成功なのかもしれない。
問題発見能力を組織に埋め込む
企業が変化に対応できなくなるのは、「健全な違和感」を失うからである。だとすれば、経営に求められるのは問題発見能力を高めることそのものではない。「健全な違和感」が消えない状態を、組織として維持することである。
多くの企業では、変革が必要になるたびに「危機意識を持て」「変化に敏感になれ」といったメッセージが発信される。しかし、違和感を持つことを個人の意識や感性に委ねるだけでは組織は変わらない。「健全な違和感」が失われるのが組織の構造によるものである以上、それを維持するためにも組織的な仕組みが必要になる。
第一歩は、異質な視点との接触を増やすことである。同じ業界、同じ事業、同じキャリアを歩んできた人材だけで議論している限り、見える景色は大きく変わらない。部門を越えた異動、異業種との交流、顧客接点を持つ現場との対話は、人材育成施策である以前に、組織の前提を揺さぶる仕組みである。違和感とは、多くの場合、自分とは異なる視点と出会ったときに生まれる。
第二に、問いを生み出す場を設けることである。多くの会議は、答えを確認し、意思決定を行うために設計されている。しかし、「健全な違和感」を維持するためには、前提そのものを問い直す機会が必要になる。「最も納得できない点は何か」「もしこの前提が間違っているとしたら何が起きるか」といった問いを意図的に組み込むことで、組織は既存の見方の外に目を向けることができる。
第三に、組織を意図的に揺らし続けることである。安定した組織は効率的である。しかし、効率性だけを追求すると、やがて違和感そのものが生まれにくくなる。新規事業への挑戦、異なる専門性を持つ人材との協働、既存事業への問い直しは、そのための手段である。変化が起きてから組織を変えるのではなく、平時から組織に適度な揺らぎを持ち込むことで、「健全な違和感」は維持される。
問題発見能力は、一部の優秀な人材に依存して維持できるものではない。「健全な違和感」が消えない環境を設計し、その違和感を問いへ変換する仕組みを持つことで、初めて組織能力として定着する。問題発見能力とは、違和感を持つ才能ではなく、違和感を失わない組織を設計する能力なのである。
「健全な違和感」を評価する
「健全な違和感」を組織の中に生み出すだけでは十分ではない。それを維持し続けるためには、組織が何を評価するのかを変えなければならない。なぜなら、人も組織も、評価される方向へ行動するからである。
多くの企業では、問題解決能力が評価の中心に置かれている。目標を達成したか。利益を改善したか。生産性を向上させたか。既知の課題を解決し、成果を生み出した人材が評価され、昇進し、組織の中核を担う。それは企業経営にとって当然のことであり、今後も重要であり続ける。しかし、その仕組みの中では、「健全な違和感」は評価されにくい。
違和感は、多くの場合、数字にならない。根拠も十分ではない。時には組織の空気を乱し、既存の前提に疑問を投げかける。そのため、違和感を語る人は慎重過ぎる人、悲観的な人、あるいは面倒な人として扱われることすらある。しかし、後から振り返ると、大きな変化の兆候を最初に見ていたのは、そうした人たちだったということは少なくない。
多くの組織は、違和感そのものを評価していない。既知の問題を解決する行動は評価される。しかし、まだ問題になっていない変化を指摘する行動は評価されない。その結果、人々は違和感を口にしなくなる。問いを立てなくなる。やがて組織から「健全な違和感」そのものが消えていく。
「健全な違和感」を組織の中に残したいのであれば、その違和感を表明することが価値ある行動として認識されなければならない。新しい市場の兆候を指摘した人、既存事業の前提に疑問を投げかけた人、これまで見落とされていたリスクを示した人が、組織の中で正当に扱われる必要がある。その指摘が正しいかどうかだけが重要なのではない。違和感を語ること自体が、組織にとって必要な行動であると認識されることである。
組織文化はスローガンによって定着するのではない。組織が何を評価し、何を評価しないかによって定着する。問題解決能力だけを評価する組織は、問題解決能力だけを磨き続ける。そして「健全な違和感」を評価しない組織は、その違和感を失っていく。
変化し続ける企業とは、問題を解く人材だけを評価する企業ではない。問題になる前の違和感を見逃さず、それを組織の中で語ろうとする人材を評価できる企業なのである。
問題解決能力だけでは、企業は変われない
問題発見能力そのものよりも重要なのは、その源泉にある「健全な違和感」である。市場や顧客に生じている小さな変化に違和感を覚えること。既存の前提では説明できない現象に立ち止まること。そして、その違和感を組織の中で語り続けることである。
企業は成長するほど、問題解決能力を磨いていく。それは経営に不可欠な能力であり、これからも競争力の源泉であり続けるだろう。しかし企業が変われなくなるのは、その能力が誤っているからではない。問題解決能力だけで十分だと思った瞬間から、「健全な違和感」が失われるからである。
変化への対応が遅れる理由は、必ずしも投資判断や意思決定の誤りだけではない。その前に、変化そのものを感じ取る力が失われていることもある。
変化し続ける企業とは、問題を解く力に優れた企業ではない。問題を解きながらも、違和感を失わない企業である。
ローランド・ベルガー 企業変革支援チーム
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