経営は判断から学べるか:第2回 振り返る経営(最終回)
By 田村 誠一
「合意形成の罠」を超えて
多くの企業では振り返りが行われている。しかし実際に確認されるのは結果や進捗、追加施策であり、その結果を生み出した判断そのものはほとんど検証されていない。企業は振り返っていないのではない。実行は振り返っているが、判断は振り返っていないのである。
その背景には、意思決定を装った合意形成によって判断が曖昧になる構造がある。企業が判断から学習するためには、結果を評価するだけでなく、当時の前提、選択肢、判断基準を現実と照らし直し、次の意思決定に反映する必要がある。
振り返りが機能しないのは反省や対策が足りないからではない。結果を生み出した判断が残っていなければ、改善策は増えても学習は起こらない。
合意形成は実行を可能にする一方で判断を見えなくすることがある。選択肢や判断基準が曖昧になれば、組織は決定を残しても判断を残せない。
経営における学習とは過去の正しさを確認することではない。現実とのずれを通じて判断基準そのものを更新し続けることである。
ある経営者との会話の中で、「うちの会社、振り返りが無いんですよ」という言葉が出た。その会社では、月次の業績レビューも、中期経営計画の進捗確認も、大型投資案件の事後評価も行われていた。計画と実績の差異は報告され、担当役員が原因を説明し、次の対策も決めていた。振り返りのための会議が存在しない会社ではなかった。
それでも、その経営者は迷うことなく「振り返りが無い」と言った。会議の数が足りないと言っているようには聞こえなかったし、レビューの仕組みが存在しないと嘆いているようにも聞こえなかった。実際には振り返りらしきことが行われているにもかかわらず、なぜか振り返ったという実感が残らない。その違和感を、彼は「振り返りが無い」という言葉で表したのではないだろうか。
振り返り会を行い、原因を分析し、次の対策まで決めている。それにもかかわらず、経営者は振り返りが無いと感じている。その感覚はどこから生まれるのだろうか。振り返り会を行っている企業が、なぜ振り返れていないのだろうか。
振り返りが、結果説明で終わっている
中期経営計画のレビュー会議は、多くの企業で定期的に行われている。売上や利益の達成状況が報告され、重点施策の進捗が確認される。計画との差異が大きければ、その理由が説明され、次の打ち手も示される。市場環境の変化、競争激化、人材不足、投資の遅れなどが整理され、担当部門には新たなアクションが求められる。多くの企業には、こうした振り返りの場が確かに存在している。
しかし、その場で繰り返し議論されているのは結果である。売上はなぜ未達だったのか。利益率はなぜ低下したのか。投資はなぜ予定どおり進まなかったのか。議論の出発点は常に計画と実績との差異に置かれている。もちろん結果を確認することは必要である。しかし、結果を確認することと、その結果を生み出した判断を振り返ることは同じではない。
ここで見落とされやすいことがある。計画そのものもまた、当時の判断によって生み出された成果物だということである。売上目標も、投資計画も、事業方針も、市場や顧客に対する一定の見立ての上に成り立っている。計画と結果を比較すれば結果の良し悪しは分かる。しかし、その計画を成立させた判断が妥当だったのかまでは分からない。
例えば、新しい成長事業が期待した成果を出せなかったとする。レビュー会議では、市場開拓が遅れた、顧客獲得が進まなかった、開発に時間がかかった、といった説明が行われる。しかし、なぜその市場を有望だと考えたのか、なぜその事業モデルを選んだのか、といった問いまで戻ることは少ない。未達だった理由は問われるが、達成できると考えた理由は問われないのである。
その結果、会議の後には新しい対策が加えられる。管理指標が増え、報告頻度が上がり、体制変更や追加投資が決まる。しかし、その計画を成立させた見立てや判断はほとんど変わらない。振り返りが行われていないのではない。振り返る対象が結果に偏っているのである。
企業は過去から学ぼうとしていないのではない。むしろ、多くの企業は真剣に学ぼうとしている。しかし、その学習の対象は計画と結果の比較に偏っている。結果が悪ければ対策が加えられ、結果が良ければ成功として整理される。しかし、なぜその判断を行ったのかという問いに戻らなければ、企業は結果を評価できても、判断を学習することはできない。
レビュー会議で問うべきなのは、「なぜ未達だったのか」だけではない。「なぜ達成できると考えたのか」でもある。その問いに戻らない限り、振り返りは結果説明で終わり、結果を生み出した判断にはたどり着かない。企業に不足しているのは振り返りの回数ではない。結果の背後にある判断まで戻ることである。では、なぜ企業は結果を生み出した判断まで戻れないのだろうか。
意思決定を装った合意形成
ある投資案件の検討過程を考えてみたい。当初は、自前で事業を立ち上げる案、提携する案、買収する案、参入を見送る案が存在していた。それぞれが異なる未来を前提としており、その段階では経営には複数の選択肢の中から一つを選ぶ余地があった。
ところが、案件が経営会議に上がる頃にはその姿は変わっている。財務部門の要望、事業部の意向、技術部門の懸念が取り込まれ、当初は別々だった案が一つへ混ざっていく。最終的に提出されるのは、複数の未来から選んだ案というより、関係者が反対しにくいところまで調整された案である。
その案は一見するとよくできている。十分に議論され、組織として意思決定したようにも見える。しかし一年後、その案件を振り返ろうとすると不思議なことが起きる。なぜその案を選んだのかが分からないのである。承認された決定は残っていても、その決定を生み出した判断は見つからない。
企業は意思決定をしていないわけではない。しかし、その多くは厳密な意味での判断というより、意思決定を装った合意形成になっている。合意形成そのものは悪いことではない。問題は、判断を実行可能にするための合意形成が、いつの間にか判断そのものの代わりになってしまうことである。
本来の経営判断とは、複数の未来の中から一つを選び、その結果を引き受けることである。しかし合意形成が中心になると、その選択は次第に見えなくなる。選択肢は折衷案へ収束し、判断基準は曖昧になり、誰がその判断を引き受けたのかも見えなくなる。さらに、その判断をどの条件で見直すのかも定められないまま実行が始まる。
結果として企業には、決定だけが残り、判断は残らない。何を見て、何を重視し、何を捨てたのかが見えなければ、その後のレビュー会議で振り返れるのは結果だけになる。企業が判断から学べない理由は、振り返りの回数が少ないからではない。振り返るべき判断が残っていないからである。
「合意形成の罠」とは、関係者の納得を得る過程で、選択肢、判断基準、判断主体、修正条件が曖昧になり、意思決定を装った決定だけが成立する構造である。では、その状態で始まるレビュー会議では何が起きるのだろうか。
改善を重ねても、判断は変わらない
ある新規事業のレビュー会議を想像してほしい。売上は未達で、顧客獲得も想定より遅れている。事業責任者は営業体制や開発の遅れを説明し、次の四半期へ向けた対策を示す。営業人員を増やし、マーケティングを強化し、進捗管理を厳しくする。議論はやがて「誰が、いつまでに、何をするか」へ収束していく。
こうした会議では、計画と実績の差が議論の出発点になる。一方、その事業を有望だと考えた理由や、その市場で勝てると判断した根拠はほとんど議題にならない。事業の進め方は議論されても、その事業を進めると決めた判断は議論の外に置かれる。
その理由は単純である。前節で見たように、企業には判断そのものが残っていないからである。レビュー会議で確認できるのは結果と行動だけであり、何を選び、何を捨て、どの前提を置いていたのかは見えない。
判断が残っていなければ、結果を当時の判断と照合することもできない。会議は売上未達や開発遅延という結果から始まり、その原因を実行上の不足に求める他なくなる。そこで語られるのは、営業活動が足りなかった、連携が弱かった、管理が甘かったという説明であり、そこから導かれるのは追加施策である。
問題が大きくなるにつれて、結果説明は責任説明へ変わっていく。担当者は計画どおりに進まなかった理由を説明し、責任者は改善を約束する。会議は厳しくなっても、その矛先は実行へ向かい、元の判断には戻らない。
会議を終えるには次に行うことを決めなければならない。そこで営業体制の強化、追加投資、管理指標の追加といった対策が積み上げられる。組織は動いているように見えるが、選んだ市場や事業モデルは維持されている。改善が増えるほど変化しているように見える一方で、過去の合意は固定されていくのである。
こうして企業の中では、判断が曖昧なまま実行が始まり、結果と行動だけがレビューされ、追加対策によって会議が収束するという循環が生まれる。改善が増えるのは、企業が変化を拒んでいるからではない。判断が残っていないため、改善する以外の方法で振り返ることができないのである。
振り返り会を重ねても振り返った実感が残らないのは、振り返りの後に増えるのが対策であり、変わるべき判断がそのまま残るからである。では、結果を生み出した判断を振り返るとは、具体的に何を確認することなのだろうか。
振り返るべきは、結果ではなく判断である
結果を振り返ることと、判断を振り返ることは同じではない。売上、利益、ROI、進捗状況を確認すれば、計画どおりに進んだのかは分かる。しかし、その結果だけから、その投資をなぜ行ったのか、その事業をなぜ有望だと考えたのかを理解することはできない。同じ結果であっても、その背後にあった見立てや選択が違えば、そこから得るべき示唆も変わるからである。
市場が成長すると考えて投資した案件が期待した成果を上げられなかったとする。このとき確かめるべきなのは、売上未達という事実だけではない。当時何を見て、その市場をなぜ成長市場だと考えたのか。どの前提を置き、どの未来を想定していたのか。結果だけを確認していても、こうした問いにはたどり着けない。
採用されなかった案も振り返りの対象になる。提携案をなぜ採用しなかったのか。投資を先送りする案をなぜ退けたのか。どの基準を優先したのか。当時比較した選択肢と、その判断理由が分からなければ、その案件で何を判断したのかを正確に検証することはできない。
ここで確認しているのは、過去の決定を正当化するための材料ではない。何を見て、どの前提を置き、どの選択肢を比較し、何を優先したのかという判断の構造そのものである。企業が振り返るべきなのは、成功したか失敗したかではなく、その成功や失敗を生み出した判断なのである。
判断レビューは、過去の正しさを証明する作業ではない。現実とのずれが判断のどこで生じたのかを特定し、次の意思決定で何を変えるかを決める作業である。企業が判断から学習するとは、結果を確認することではない。判断を現実と照らし直し、その判断のどこを変えるべきかを明らかにすることである。
判断を学習へ変える
振り返る経営とは、レビュー会議の改善手法ではない。企業が本当に振り返るべきなのは結果ではなく判断であり、その判断を振り返れるかどうかは、レビュー会議の場ではなく、判断を行った時点で決まっている。「合意形成の罠」が判断を曖昧にしてしまうなら、振り返る経営とは、その判断を再び経営の対象として取り戻す営みである。
その出発点は、比較した選択肢を残すことである。自前で進むのか、提携するのか、買収するのか、それとも見送るのか。採用しなかった案とその理由まで残しておけば、後から判断の妥当性を検証できる。あわせて、なぜその案を選んだのかを明示し、どの条件で判断を見直すのかも決めておく必要がある。目標だけを定め、見直す条件を置かなければ、前提が崩れた後も対策だけが積み上がる。
実行が始まった後は、計画と実績の差だけでなく、当時の見方と現実の差を確認する。市場は想定どおりに動いているのか。顧客は予想した価値に反応しているのか。当時の判断を支えていた前提を継続的に照合する。結果が悪くても前提が正しければ実行を改めればよい。しかし前提が崩れているなら、元の方向まで見直さなければならない。
レビュー会議では、実行の問題と判断の問題を分ける。実行が不十分なら改善すればよい。しかし市場の見方や顧客理解が外れているなら、見直すべきは実行ではなく判断である。元の判断に戻らないまま改善だけを続ければ、組織は努力を重ねながら誤った方向へ進み続ける。
レビューで得た示唆は、一般論ではなく次回の判断方法へ反映しなければならない。どの選択肢を比較するのか。どの前提を検証するのか。どの基準を優先するのか。どの条件で計画を見直すのか。経験によって判断の仕方が変わって初めて、振り返りは次の意思決定につながる。
振り返る経営とは、新しい会議や複雑な制度を増やすことではない。比較した案を残し、判断理由と見直し条件を明らかにし、当時の見方と現実を照合することである。合意形成の過程で失われた判断を再び経営の対象へ戻したとき、振り返りは過去を説明する作業から、次の意思決定を変える仕組みへ変わる。
次の判断は変わったか
「うちの会社、振り返りが無いんですよ」。本稿は、ある経営者のこの言葉から始まった。その会社にはレビュー会議があり、原因分析も行われ、改善策も決められていた。それでも振り返った実感が残らなかったのは、会議が無かったからではない。振り返った後も、次の判断が変わっていなかったからである。
企業は結果を確認し、改善策を積み上げている。しかし、多くの意思決定は合意形成の過程で判断そのものが曖昧になっている。そのため、振り返りの場で検証されるのは結果と実行であり、判断は問い直されない。企業が学べないのは、学ぼうとしていないからではない。振り返るべき判断が残っていないからである。
振り返る経営とは、この循環を断ち切ることである。結果を確認し、対策を決める前に、その結果を生み出した判断へ戻る。何を見ていたのか。どの前提を置いていたのか。どの未来を選び、どの未来を捨てたのか。その判断を現実と照らし直し、次の意思決定で何を変えるのかを明らかにする。振り返りの価値は、過去を説明できることではない。次の意思決定を変えられることにある。
前稿で述べたように、企業は完成した成果物だけでなく、その答えを生んだ判断の過程を残さなければならない。しかし、残すだけでは学習にはならない。残された判断を現実と照らし、その結果を次の意思決定へ反映して初めて、経験は組織の能力になる。
強い会社とは、多くの成功体験を持つ会社ではない。現実との接触を通じて自らの判断を書き換え、その変化を次の意思決定へつなげられる会社である。
経営とは意思決定を行うことだけではない。意思決定から学習することである。振り返ったかどうかは、反省したかでも、対策を決めたかでもない。次の判断が変わったかで決まる。
ローランド・ベルガー 企業変革支援チーム
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