CSO(最高戦略責任者)は何を担うべきか
By 田村 誠一
戦略と経営の距離を問い直す
多くの企業で戦略は経営そのものに近い存在として扱われてきた。しかし現実のCSOは、戦略策定だけではなく、M&A、事業ポートフォリオ改革、新規事業、AI活用、全社変革まで担っている。戦略責任者であるはずなのに、なぜ戦略以外の領域へ役割が広がり続けるのだろうか。
その理由は、企業価値を変えるのが戦略そのものではなく、意思決定と資源配分だからである。CSOの本質的な役割は戦略を描くことではない。戦略を起点に資本、人材、技術、事業の判断を結び付け、戦略を経営の行動へ変換することにある。
戦略が企業価値を生むのではない。戦略に基づいて何を選び、何をやめ、どこへ資源を集中させるかという意思決定と資源配分が企業価値を生む。
CSOは経営戦略部長の延長線上に存在する役職ではない。戦略を策定する責任者ではなく、戦略を全社の意思決定と資源配分へ変換する責任者である。
CFO、CHRO、CIO/CDOがそれぞれ固有の経営資源を担うのに対し、CSOは固有資源を持たない。だからこそ各CxOの判断を結び付け、企業全体の方向性を一つに束ねる役割を担う。
多くの企業で、戦略は特別な位置を占めている。経営企画、戦略部門、戦略人材、戦略コンサルタント、そしてCSO(Chief Strategy Officer:最高戦略責任者)。戦略経験は経営人材への登竜門と見なされ、企業変革の議論でもまず戦略が語られる。戦略を担うことは経営に近づくことだと考えられ、戦略という言葉には、他の経営機能にはない特別な響きが与えられてきた。
近年、その象徴とも言える存在がCSOである。戦略責任者という名称を持ちながら、多くの企業でその役割は戦略の策定にとどまらない。M&A、事業ポートフォリオ改革、新規事業、AI活用、全社変革など、その責任範囲は広がり続けている。戦略責任者であるはずのCSOは、なぜ戦略だけを担わないのだろうか。
CSOという役職の実像と名称との間にあるずれは、単なる職務設計の問題ではない。そこには、戦略を担うことと経営を担うことを、私たちがどのように捉えてきたのかが表れている。CSOが何を担うべきかを考えることは、戦略と経営の関係そのものを問い直すことでもある。
経営者の仕事は何か
経営を語るとき、私たちはしばしば戦略から議論を始める。どの市場で戦うのか、どの事業を成長させるのか、どのような将来像を目指すのか。企業の方向性を示す戦略は、経営にとって欠かすことのできない要素である。
しかし、経営者の日常の大半は戦略立案そのものではない。投資案件の優先順位を決める。人材をどこへ配置するかを判断する。収益性の低い事業から撤退する。買収を行うか見送るかを決断する。短期利益と長期成長のどちらを優先するかに向き合う。経営とは、限られた経営資源をどこへ配分するかを決め続ける営みである。
経営の現場では、判断を先送りすることもできる。資源を均等に配分することもできる。しかし、その結果として企業は成長機会を失い、競争力を失う。経営とは何かを選ぶ行為であると同時に、何を選ばないかを決める行為でもある。資本、人材、時間には限りがある以上、経営者は優先順位を決め続けなければならない。
その意味で、経営の本質は構想そのものにはない。どの事業に資源を集中するのか。どの投資を優先するのか。どの領域から撤退するのか。経営者が負っている責任は、そうした意思決定と、その結果にある。
経営の中心にあるのが意思決定と資源配分であるならば、なぜ私たちはこれほどまでに戦略という言葉を特別なものとして扱うようになったのだろうか。
戦略はいつから特別な存在になったのか
戦略は本来、経営を構成する一つの機能である。営業が顧客を開拓し、生産が品質と供給を支え、財務が資本を管理し、人事が組織能力を高めるように、戦略もまた企業の方向性を示す役割を担っている。しかし今日、多くの企業で戦略はそれ以上の意味を持つようになった。
戦略部門は経営に近い組織として位置づけられ、戦略人材という言葉には他の機能人材にはない響きがある。戦略コンサルタントやCSOという肩書にも、単なる専門機能を超えた印象が伴う。戦略を担うことは、一つの機能を担うことではなく、経営そのものに近づくことのように受け止められてきた。
その背景には競争環境の変化がある。市場が成熟し、事業環境の不確実性が高まる中で、企業は長期的な方向性を求められるようになった。競争戦略論の発展や戦略コンサルティングの普及も、戦略という概念の存在感を高めてきた。企業がどこで戦い、どの事業に資源を投じ、どのように競争優位を築くのかを考える上で、戦略の重要性が高まったこと自体は間違いない。
しかし、それだけでは戦略が特別な存在になった理由を説明できない。財務も人事も生産も営業も、企業価値を左右する重要な機能である。それにもかかわらず、戦略ほど経営そのものを代表する言葉として扱われてきた機能はない。戦略だけが、機能でありながら機能を超えた存在として語られてきた。
戦略が魅力的に見えるのは、未来を語ることができるからである。企業のあるべき姿を描き、成長の方向性を示し、変革の可能性を提示する。そこには構想の力がある。一方で経営は、判断し、選択し、その結果に責任を負う。戦略には未来を描く自由があり、経営には選択と結果の重さがある。
私たちはいつの間にか、「何を実現したか」よりも、「どのような戦略を描いたか」に目を向けるようになった。戦略は重要である。しかし、それが意思決定や成果責任から切り離された瞬間、戦略と経営の間には距離が生まれる。
その象徴的な存在がCSOなのかもしれない。戦略責任者という名称は、多くの企業にとって魅力的に映る。しかし興味深いのは、現実のCSOたちが担っている仕事が決して戦略だけではないことである。戦略責任者という名称を掲げながら、その役割はM&A、事業ポートフォリオ改革、新規事業、AI活用、全社変革へと広がっている。CSOという役職の実像は、私たちが思い描く「戦略責任者」のイメージとは必ずしも一致していない。
CSOは何を担う役職なのか
CSOは、CFO(Chief Financial Officer:最高財務責任者)やCHRO(Chief Human Resource Officer:最高人事責任者)のように役割が明確に定義された役職ではない。企業によって期待される役割は大きく異なり、その担う領域も一定ではない。ある企業では全社戦略の策定を担い、ある企業ではM&Aや事業ポートフォリオ改革を統括する。また別の企業では、新規事業やAI活用、変革推進まで所管している。CSOという名称は共通していても、その実態は企業ごとに大きく異なる。
それにもかかわらず、多くの企業のCSOには共通した傾向が見られる。かつてCSOは、全社戦略や中長期計画を中心に担う存在として位置付けられていた。しかし現在では、その責任範囲は企業変革そのものへと広がっている。海外企業においても、CSOは戦略立案にとどまらず、成長や変革を推進する役割として語られることが増えている。
企業を取り巻く環境の複雑化もその背景にある。技術革新の加速、地政学リスクの高まり、事業ポートフォリオの見直し、AIの普及など、経営が向き合う課題は増え続けている。こうした状況の中で、全社横断で変革を推進する責任者が求められること自体は不自然ではない。
しかし、それだけでは説明しきれない違和感がある。戦略責任者という役職であるなら、本来は戦略そのものに責任を持てば十分なはずである。ところが現実のCSOは、戦略にとどまるどころか、M&A、事業ポートフォリオ改革、新規事業、AI活用、全社変革へと責任範囲を広げている。戦略責任者であるはずなのに、戦略以外の仕事が増え続けているのである。
なぜ企業は、CSOに戦略だけではない役割を求めるのだろうか。
なぜCSOの役割は拡大し続けるのか
CSOの役割拡大を理解するためには、戦略そのものの役割を考える必要がある。企業は戦略によって方向性を定めることができる。どの市場で戦うのか、どの事業に投資するのか、どのような将来を目指すのかを示すことができる。しかし、それだけで業績や企業価値が変わるわけではない。
どれほど優れた成長戦略を描いても、投資が実行されなければ業績は変わらない。M&A方針を定めても、買収後の統合に失敗すれば価値は生まれない。AI戦略を掲げても、組織や業務が変わらなければ競争優位にはつながらない。企業価値を変えるのは戦略そのものではなく、その戦略に基づく意思決定であり、資源配分であり、実行である。
この現実は、多くの企業が経験してきた。中期経営計画はある。しかし実現しない。成長戦略はある。しかし投資が伴わない。変革ビジョンはある。しかし組織が変わらない。企業が直面してきたのは、戦略の欠如ではない。戦略と実行の分断である。
だからこそ、企業はCSOに戦略だけを求めなくなった。企業が求めているのは、戦略を描くことではなく、その戦略を経営の意思決定へ反映させることである。資本をどこへ配分するのか。人材をどこへ配置するのか。何に投資し、何をやめるのか。その判断を動かし続けなければ、戦略は企業価値につながらない。
CSOの役割拡大は、戦略機能の成功を示しているのではない。戦略だけでは企業価値につながらないという現実を、多くの企業が経験した結果なのである。
戦略は経営のどこに位置づくのか
戦略は企業の方向性を示す。どの事業に投資するのか、どの市場を成長領域とするのか、どの技術に賭けるのか。何をやり、何をやらないのか。企業が不確実な環境の中で意思決定を行うためには、その判断基準となる戦略が不可欠である。
しかし、戦略の価値は構想そのものにあるわけではない。どれほど優れた戦略であっても、それが意思決定に反映されなければ成果にはつながらない。戦略が果たす役割は、限られた経営資源をどこへ集中させるのか、何を優先し何をやめるのかという判断に方向性を与えることである。
多くの経営課題は戦略の欠如から生じているわけではない。事業撤退を決められない。投資先を絞り込めない。人材を大胆に再配置できない。変革テーマを増やし過ぎて実行力が分散する。こうした問題の多くは、戦略が存在しないからではなく、戦略が意思決定に十分反映されていないから起きる。弱いのは戦略ではない。戦略と経営の接続である。
ここでCSOという役職の特徴が見えてくる。CFOは資本配分を担い、CHROは人材ポートフォリオを担い、CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)やCDO(Chief Digital Officer:最高デジタル責任者)はITやデータへの投資を主導する。これらのCxO(Chief x Officer:最高責任者総称)は、それぞれ自らが直接動かす経営資源を持っている。一方でCSOは、自身が配分できる固有の経営資源を持たない。
だからこそCSOに求められるのは、自ら資源を管理することではない。戦略を起点として各CxOの意思決定を結びつけ、全社として一貫した資源配分を実現することである。どの事業に資本を投じるのか。どこに人材を配置するのか。どの変革テーマを優先するのか。個別には合理的な判断であっても、それぞれが異なる方向を向けば企業全体としての成果にはつながらない。
CSOは経営企画部長や経営戦略部長の上位版ではない。戦略をつくることそのものではなく、戦略と経営を接続することに責任を持つ存在である。どれほど優れた構想を描いたかではなく、その構想が実際の意思決定と資源配分をどれだけ動かしたか。その違いが、戦略責任者と経営責任者を分けるのである。
CSOが問いかけているもの
CSOを置くべきかどうかに、普遍的な正解はない。企業の事業構造、成長段階、事業ポートフォリオの複雑性、変革課題の大きさによって、その必要性は異なる。戦略部門を強化すれば企業価値が高まるわけでもなく、CSOという肩書を置けば戦略と実行の分断が解消されるわけでもない。
しかし、CSOという役職の広がりには一つの意味がある。それは、企業が戦略そのものよりも、戦略を経営に反映させることの難しさに直面しているという事実である。どれほど優れた戦略を描いても、意思決定が変わらなければ企業は変わらない。資源配分が変わらなければ事業は変わらない。実行が変わらなければ成果は変わらない。
戦略をつくる機能は企業にとって必要である。しかし、それだけであれば必ずしもCSOというCxOポジションである必要はない。CSOが求められるのは、戦略と経営の間にある距離を埋める役割を期待されているからである。
CSOという役職が問いかけているのは、戦略ではない。経営である。企業価値を高めるのは、優れた戦略そのものではなく、その戦略に基づいて何を選び、何をやめ、どこへ資源を配分するかという判断である。戦略の価値は、それが経営の意思決定をどれだけ動かせるかによって決まる。
CSOの登場は、戦略の時代の到来を意味しているのではない。戦略と経営を再び結び直す時代の到来を意味している。戦略を考えることと、経営を担うことは違う。そして企業が求めているのは、戦略を語る人材ではなく、戦略を経営の行動へ変えることのできる人材なのである。
ローランド・ベルガー 企業変革支援チーム
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