人員最適化は「改善」ではない、「設計」である
By 田村 誠一
資本効率の事前制約とAI前提競争が迫る、ゼロベース型オペレーティングモデル×スキルベース組織
人員最適化は、現場の無駄を省くといったボトムアップの改善では間に合わない。資本市場は投下資本のリターンを厳密に評価し、業績数値は「努力目標」ではなく「必達目標としての事前制約」へと変わりつつある。さらに、国内企業だけではなく、デジタルやAIを前提に「最初から人が要らない構造」で立ち上がるグローバル企業と競う時代になっている。改善の延長線では届かない。必要なのは、資本効率を北極星として、機能・業務・人員体制をトップダウンで設計し直すことだ。本稿は、そのためのゼロベース型オペレーティングモデル設計と、その実装を可能にするスキルベース組織、そしてテクノロジーの使いどころを整理する。
資本市場と競争ルールの同時変化
「その業務は必要か」「そのプロセスは廃止すべきだ」――この手の主張自体は、以前から語られてきた。にもかかわらず、多くの企業で人員体制は膨張し続け、改善が繰り返されても総量は減りにくい。問題は、問いが間違っていたのではない。問いが現状前提の改善に回収される限り、現実が変わらない構造にある。そしていま、その構造を許さない外部条件が揃った。
まず、資本市場の圧力は「強まった」だけではない。「かかり方」が変わった。資本コストと株価を意識した経営への対応は可視化され、対話の前提条件となりつつある。さらに株主提案は、配当や自社株買いにとどまらず、資本配分やガバナンスにも踏み込む。人員最適化は“自社都合の改善テーマ”ではなく、設計課題になった。
第一に、資本市場の目が変わった。かつては物言わぬ株主に守られ「人員コストが重たいなら売上を増やす」という積み上げ式の計画で体制を正当化できた企業も少なくない。しかし現在は、投下資本に対するリターンがグローバルで相対評価され、資本効率が経営の前提条件になっている。業績数値は「事後の評価」ではなく「事前の制約」である。制約が先にある以上、人員は現場の積み上げで決めるものではなく、制約から逆算して設計する対象になる。
第二に、積み上げ思考が生む「組織の膨張」が構造問題として固定化した。売上成長を前提に人員が増え、人のための業務が増える。必要のない管理・統括機能が追加される「組織の多層化」、部門ごとに似た仕事が生まれる「業務の細分化・重複」、本来不要な業務が温存される「過剰な業務」、管理職過多を生む「ポジションバランスの崩壊」。これらは現場の怠慢ではなく、積み上げ型の最適化が生む必然であり、対処療法では解決しない。現場では、調整のための組織が挟まり意思決定が遅くなり、同じ成果物を複数部署で作るなどの歪みが残る。こうした構造が残ったまま効率化だけを続けても、人は形を変えて残り続ける。
第三に、競争ルールそのものが変わった。相手が国内同業であれば、数%の改善にも意味があった。しかしAI前提の競合は、改善で人を減らすのではなく、「最初から人が要らない構造」で立ち上がる。顧客接点、営業、サポート、バックオフィス、開発に至るまで、人が判断し、情報をつなぎ、手続きを完結させる工程そのものを、データとアルゴリズムに置き換えようとしてくる。この変化の本質は、単なる人手代替ではない。データとアルゴリズムによって需要と供給、業務負荷、顧客行動などの変化を捉えながら、業務のあり方そのものが継続的に最適化されていく点にある。
例えば配車では、従来は受付と配車判断を支援システムで効率化してきたが、マッチング最適化や価格の自動調整により、需給コントロールそのものが実行される。地域特性や天候に応じて車両配置を見直し、価格を動的に調整することで需給と収益を同時に最適化するなど、業務の範囲は拡張し、その最適化自体もデータに基づいて継続的に更新される。この結果、業務は固定的に遂行されるものではなく、運用の中で再構成され続ける対象へと変わる。こうした環境では、人を減らすこと自体は論点ではない。改善で速くしても、業務自体を消す設計には追いつけない。
人員最適化は“改善”から“設計”へ、議論のレイヤーを上げる必要がある。
“問題の解消”が“構造温存”になる
過剰な人員体制の是正に向け、人員削減を進める企業は多い。一方で、その多くは「顕在化した問題の裏返し」に留まる。階層組織の廃止、統廃合による重複解消、外注、効率化、スパン是正。いずれも必要だが、これだけでは膨れ上がった体制の適正化には届かない。
前提が変わっていないからである。「既存業務は必要だ」という前提を崩さない限り、人は形を変えて残る。階層をなくしても調整業務は残り、外注すれば管理業務が生まれる。統合しても独自業務は残存する。結果として「削ったはずなのに別の場所に人が溜まる」が繰り返される。
これらは現場に「頑張れ」と言って解決する問題ではなく、設計思想の問題である。この設計思想を変えられない企業から、人が余り、資本市場から評価されず、AI前提競争に敗れていく。
資本効率の「北極星」から、人員上限を先に決める
「資本効率を北極星にする」とは、現場の積み上げから「何人必要か/何人削るか」を議論するのではなく、資本効率から逆算して「人件費総額の上限」を先に置くことだ。
例えば自己資本1,000億円の企業がROE*10%を必達目標とする場合、株主が期待する当期純利益は100億円となる。仮に必要な営業利益を150億円と置き、売上高を1,500億円と置く。人件費以外のコストを1,050億円と見積もるなら、人件費に割ける上限は300億円になる。一人当たり総人件費を1,000万円と置けば、上限人員は3,000人だ(数値は説明用の仮置きである)。
* Return on Equity:自己資本利益率
この瞬間、議論の主語は変わる。「何人削るか」ではなく、「3,000人という制約の中で、どの機能を残し、どの業務を廃止し、どんな体制を設計し、必要な売上を稼ぐか」。
ここで重要なのは、この数値が計算結果ではなく意思決定の起点になる点である。人件費上限が置かれた瞬間、議題は「効率化」から「何を残し、何をやめるか」に変わる。直販範囲の見直し、企画・調整機能の統合、周辺業務の廃止など、痛みを伴う選択が避けられない。この選択を経ない限り、制約内に収まる体制は設計できない。つまり、この段階から先は「人員削減」ではなく、「何を残し、何をやめるか」をゼロから定義する構造の再設計である。
ゼロベース型オペレーティングモデルは業務改善ではない、「自己否定」である
ここで議論は分岐する。まず始めるべきは「何をすべきか」の再設計、ゼロベース型オペレーティングモデル設計である。これは現状業務を起点に改善を積み上げることとは異なる。ゼロベース型オペレーティングモデルは既存業務を前提とせず「どのように効率化するか」ではなく、「そもそも何が必要か」から出発する。
ただし、この言い方だけだと従来のBPR(Business Process Re-engineering:業務プロセス再構築)との違いが曖昧に見える。ゼロベースの違いは「思想」ではなく、資本効率という事前制約からの設計である点にある。制約が先にある以上、廃止は“やるべき改革”ではなく、設計上の必然になる。仕事が消える、部署の意味が変わる、役割の前提が揺らぐ。だから難しい。しかし、自己否定を回避して改善に逃げれば、構造問題は永久に解決しない。
ゼロベースの順序は明快だ。第一に、事前制約を踏まえた上で必要な機能を定義する(会社として何を実現するのか)。第二に、機能を満たすための最小限の業務を定義する。第三に、その業務を回す体制を設計する。このとき人員は、既存配置の延長ではなく、機能要件から導かれる設計変数になる。重要なのは、現行組織を基に機能定義をしないことである。現行の部門を前提に機能を定義すれば、ゼロベースは名義替えで終わる。機能は価値を生む単位で定義し、業務は最小限で定義し、体制は制約内で定義する。これが、改善論と設計論の違いである。
テクノロジーは効率化の道具ではない、設計の前提を変えるドライバーである
ここでテクノロジーの位置付けを誤ると、議論は単なる効率化論へと先祖返りする。デジタルやAIは「作業を速くする道具」ではなく、業務の前提条件を更新し、不要な仲介や調整を設計上消す装置である。相手(AI前提の競合)は、まさにその前提で組み立ててくる。従って、こちらも改善の加速ではなく、設計の前提を書き換える用途で使う必要がある。代表的な使いどころは、問題の予防、判断の自律化、接点の無人化、仲介・調整・翻訳の排除、成果物の生成である。
いま差がつくのは「生成AIを入れたか」ではない。AIエージェントのように、複数ステップの業務を計画し、システムと接続して実行し、結果で軌道修正するAIが現れ、論点は効率化から前提の作り替えへと移っている。既存ワークフローに載せるだけでは効果は分散する。エージェント前提で再設計して初めて構造として人手が消える。
具体例として経理の経費精算を考える。従来は立て替え、申請、上長承認、経理入力、仕訳という流れで、OCRや電子承認で処理を速くするのが典型的な効率化であった。一方、法人カードの明細をAPI(Application Programming Interface:異なるシステム同士を繋ぎ、データを自動でやり取りするための共通接続仕様)連携し、AIが勘定科目を判定し、ルールで承認する設計にすると、例外を除いて人が関わらない。ここで起きているのは「精算の効率化」ではなく「精算という行為の実質的廃止」である。データの蓄積により判定やルールは更新され、業務は自動的に高度化し、精算を起点に支出管理やコンプライアンス機能が統合され、業務の範囲そのものも拡張する。
こうした変化を単発の取り組みに終わらせてしまうと、効果は持続しない。デジタルやAIを導入しても、会議体・KPI・権限・責任の設計が変わらなければ「確認のための手間が増える」世界に帰結する。テクノロジーは、設計とセットで初めて効く。
スキルベース組織が「実行可能性」を作る
しかし、この設計はそのままでは実装に至らない。ゼロベースで必要機能から体制を描いても、実装で必ず壁に当たる。役割が変わり業務が消える中で余剰と不足が同時に生じるが、職務や所属に紐づいた人材管理では再配置が進まない。その結果、追加採用や外注で埋める構造となり、組織は減らない。
ジョブ型は「安定した業務を効率的に回す」ための仕組みである。しかしゼロベース型オペレーティングモデルが前提とするのは、業務が固定されない世界である。役割が変わり続け、業務そのものが消えたり生まれたりする環境では「定義された職務に人を当てはめる」という構造自体が制約になる。
従って必要となるのが、人を職務ではなくスキルで捉える運用である。スキルベース組織とは、個々の人材を特定のポジションではなく保有スキルの集合として把握し、必要な機能に応じて配置する考え方だ。人材は所属ではなく、機能要件に応じて動的に再配置される。
例えば経費精算をジョブ型で捉えると「受付・確認・入力・締め」といった職務要件を定義し人を配置する。一方スキルで分解すれば会計知識、データ処理、正確性などになる。ゼロベース型オペレーティングモデルで精算が例外処理だけになれば職務要件の大半は不要になり、必要スキルは例外判断や調整へシフトする。
このとき「職務」で人を管理している限り再配置は進まないが、スキルで把握していれば変化に応じた人材配置が可能になる。重要なのは「職務が変わる前提で人を動かせる状態を作る」ことである。ゼロベース型オペレーティングモデルは機能要件から業務を再定義するため、その実装には機能要件に応じて人材も動かせる必要がある。スキルベース組織は、そのための前提条件である。さらにスキルベース化が進まない場合、業務削減により例外対応人材が不足し、一部に負荷が集中する。この本質は、ゼロベース型オペレーティングモデルの設計ミスではなく、設計を実装するための人材運用の仕組みの欠如にある。
ゼロベース型オペレーティングモデルだけでは、設計は正しくても現場が動かない。原因は人が固定されていることにある。需要(何が必要か)だけでなく供給(誰が担うか)を動かして初めて、設計は実装に移る。
成功・失敗の分岐点
実務でよく起きる成否の分岐点は明確である。
ゼロベース型オペレーティングモデルの失敗は、出発点を既存業務に置き「どう速くするか」に回収されることだ。成功は、業務の存在理由から機能を再定義し、廃止・統合を設計上の必然として扱うことである。スキルベース組織の失敗は、最初から精緻で包括的なスキルライブラリを構築しようとすることだ。スキルを細かく定義し過ぎると、把握・更新・運用が追いつかず、横断配置が難しくなる。成功パターンは、意思決定に必要十分な粗いスキル分類で始めることである。
もう一つの分岐点は「どこまで徹底できるか」である。機能起点での再設計を掲げながら、既存業務の延長線上に戻ってしまうケースは多い。中途半端な設計は、現場に二重負担をもたらし、改革への抵抗を強める。
ゼロベース型オペレーティングモデルおよびスキルベース組織はいずれも、単純な配置の問題ではなく設計思想を変える取り組みである。部分的な変更のみでは効果は限定的となりやすく、全体を一度に再設計することも困難である。従って、段階的に実装していくことが重要である。第一に、機能の棚卸から始める。第二に、簡易的なスキル可視化を行う。第三に、既存前提を見直すマインドセットの転換を進める。
このとき重要なのは、これらを個別の施策としてではなく、資本効率という制約のもとで一体の設計として捉えることである。資本効率は後から評価される指標ではなく、先に置かれる制約であり、この制約の中で何を残し、何をやめるかを決めること自体が設計である。
AI前提の競争環境では、改善を積み上げても追いつけない。相手は最初から人が要らない構造で立ち上がってくる。だからこそ、ゼロベース型オペレーティングモデルで「何をやるか」を定義し、テクノロジーで前提を変え、スキルベース組織で人材を可動化して固定化を防ぐ必要がある。
人員最適化とは、制度や人事施策の話ではない。企業価値を守るために構造そのものを再定義する、設計思想の問題である。
※本稿の問題意識および構成の検討は、企業変革支援チームの堂前氏の実務的知見に多面的に依拠している。
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田村 誠一(シニアパートナー)
・変革参謀として、経営層と協働する企業変革支援に精通。
・官民ファンドで投融資責任を負い、投融資先企業の再生と変革を主導。
・経営実務を経験(元JVCケンウッド代表取締役副社長、元ニデック専務執行役員)。JVCケンウッドではCSO/CFOとして中長期戦略策定と実行、事業COOとして事業再構築と実行を主導。ニデックでは買収事業(欧米中)の成長を現地経営陣とともに主導。
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