千載一遇の機会と脅威を迎えたインドネシアの医療機器業界

千載一遇の機会と脅威を迎えたインドネシアの医療機器業界

2026年9月9日

2030年110億ドル市場での成功条件 — TKDNが変える医療機器ビジネスの構造とパートナーシップ戦略

成長著しいインドネシア医療機器市場での成功を左右するのが、TKDN(現地調達率)規制だ。公共調達の優遇対象となるにはTKDN25%以上が必要だが、そのためには組み立てや包装のみならず、原料調達または設計段階への踏み込みが不可欠であり、従来型の販売代理店モデルでは対応できない。

グローバル大手医療機器メーカーは、すでに製造能力を持つローカルパートナーとの協業を完了しつつある。パートナー確保から生産立ち上げまで約2年を要する以上、2026年内に動き出さなければ、次の機会は2030年以降となる。

Key insights

TKDN規制が本格的に動き出したことで、医療機器メーカーにとってのインドネシアの位置づけは、「販売代理店経由で開拓する市場」ではなく、「本格的な現地化を目指す市場」へと変化した

従来型の販売代理店パートナーとの取り組みでは、政府が期待する現地調達率に到達することは難しく、原料調達や現地での設計などの機能も持ち合わせたパートナーの選定(または自社での投資)が不可欠である

現地企業も、この機会を捉えて外資系メーカーとの協業を積極的に模索している。こうした機能を持つ現地パートナーの選択肢は限られており、早期確保に向けたアクションが必須

1. なぜいまインドネシアか

TKDN規制:市場参入の前提条件となった現地調達率

インドネシアの医療機器市場は、2025年時点で76億ドル規模に達し、2030年には110億ドルへの拡大が見込まれる しかし、この成長市場へのアクセスを左右するのは、もはや製品力や価格競争力だけではない。TKDN(Tingkat Komponen Dalam Negeri:現地調達率)規制という政策的ハードルが、外資系メーカーの戦略を根本から問い直している。

TKDNは、インドネシアが長年採用してきた産業政策だが、医療機器分野での重要性が一気に高まったのは、新型コロナウイルスのパンデミックが契機だ。感染拡大前、インドネシアは医療機器の90%以上を輸入に依存していた。マスク・人工呼吸器・検査キットの深刻な不足という苦い経験から、政府は医療機器の国産化を国家優先課題と位置づけ、TKDN要件を公共調達の主要評価軸に据えた。

公共調達規制(Perpres No.46/2025)の優先順位は以下の通りだ

・TKDNBMP ≥ 40%:最優先調達対象(該当製品が存在する場合、原則これを選択)
・TKDN ≥ 25%(単体):公共調達適格の最低ライン
・25%未満:上記を満たす製品が存在する場合、実質的に排除対象であり、政府調達へのアクセス自体が不可能e-Katalog非掲載)

TKDNの仕組み:「現地調達率」はどう計算されるのか

TKDNは単一の指標ではなく、4つの構成要素のスコアを積み上げる方式で計算される。

ここで、外資系メーカーにとって極めて重要な事実がある。TKDNでは、アッセンブリー(最大15ポイント)とパッケージング(最大5ポイント)を完全に現地化しても、合計で20%にしか到達できない、という点だ。政府調達の優遇対象となる「TKDN25%以上」を達成するには、必然的に原料・材料調達、あるいは設計・研究開発まで現地化の範囲を広げる必要が生じる。

これは何を意味するか。多くの外資系メーカーがこれまで頼りにしてきた「現地代理店が製品を輸入し、ラベルを貼って販売する」というモデルでは、TKDN20%が構造的な上限となる。従来型の医療機器代理店は、性質上、設計や原料調達の現地化には関与できない。25%以上の達成には、製造能力・設計受託能力・原材料ソーシングネットワークを自社で持つパートナーとの協業が不可欠であり、これが新たなパートナーシップモデルを求める根本的な理由となっている。

BMPとは何か:TKDN単体では届かない場合の補完ルール

公共調達の優遇制度では、「TKDN」と並んで「BMP」という指標も考慮される。BMPとは**Bobot Manfaat Perusahaan(企業貢献度指数)**の略であり、現地調達率そのものではなく、インドネシア経済・社会への企業レベルの貢献度を評価する指標だ。具体的には以下のような要素が評価対象となる:

・インドネシア国内への投資規模
・インドネシア人雇用者数・訓練投資
・インドネシア国内企業・パートナーの活用
・インドネシア国内でのアフターサービス体制の整備

BMP単体での最大加算値は現時点で15ポイント程度とされており(※)、TKDNと合算した「TKDNBMP」の合計値が、公共調達の評価軸として使用される。
※BMP評価基準の詳細は政府規制により変更されることがあり、個別案件ごとの確認が推奨される。

つまり、外資系メーカーが目指すべきは、まずTKDN25%以上で「調達適格」を確保し、次にTKDN+BMP合計40%以上で「最優先枠」に入ることだ。BMPを加算することで、TKDNが30〜35%台の段階でも最優先枠への到達が可能となる。ただし、BMPで稼げる点数には上限があり、TKDNの底上げを代替できるわけではない点は注意が必要だ。

インドネシアの医療機器市場の約64%は公共セクターが占める。国民皆保険制度(BPJS)の加入者がほぼ全人口をカバーするいま、公共調達にアクセスできるかどうかは事業規模の根幹を左右する。TKDN対応は「あれば望ましい」オプションではなく、市場参入の前提条件となった。

2. 先行プレイヤーの動き

インドネシアの規制は、すぐに変更されたり、実効性が担保されていないことも多々あることから、多くの場合、外資系メーカーはすぐに対応するのではなく、様子見というスタンスをとることが多い。しかし、今回のケースでは、グローバル大手がいち早く動いたことで、この規制が単なる政策論にとどまらないことが即座に理解できる。

最初の大きな動きは、米国のGEヘルスケアからだ。2025年、インドネシア最大手製薬グループであるカルベファルマの製造子会社Forstaと協業し、国内初のCTスキャナー生産施設を稼働させた。政府が2022年から2027年にかけて320台超のCTスキャナー調達を計画する中、GEはForstaへの製造委託(投資額約260億ルピア)によって、この調達案件で優位なポジションを確保することを狙っている。

ここで注目すべきは、GEがカルベグループ傘下にあって、国内最大手医療機器ディストリビューターのEnsevalでなく、製造機能を持つForstaを協業パートナーに選んだことである。前述の通り、アッセンブリーとパッケージングだけではTKDNは20%止まりとなる。GEとForstaの協業では、原材料・部品の一部現地調達を加えることで、TKDN40%超を実現した。言い換えれば、製造実績・設備・品質管理体制を持つパートナーなしには、この水準は達成できなかった

中国のMindrayもこの動きに続いた。2025年、PT Graha Teknomedika(GTM)と提携し、人工呼吸器と麻酔器の現地生産を開始した。GTMはSawangan-DepokとKendalの2拠点に生産施設を整備し、TKDN40〜80%を目指す。2022年以来、生産能力は3.5倍に拡大、200名超の雇用を創出している。GTMが選ばれた理由は、既存の製造ラインと技術者を保有し、Mindrayから部品表(BOM)・設計仕様・製造SOPを受け取り即座に現地生産に移行できる体制を持っていたからだ。従来型の販売代理店では、ここまでのスピード感は不可能だった。

2026年に入ってからは、欧州Philipsが、PHCインドネシアとの提携を発表し、バタム島に超音波装置・患者モニタリング機器の製造施設設立を計画している。技術移転と人材育成をセットにした、より本格的な現地化モデルだ。

外資側と同様に重要なのが、パートナーとなるローカル側の変化だ。Onejectは自動破棄型注射器の政府調達需要を端緒に自社ブランド製造を立ち上げ、その後AbbottとのOEM協業でPCR製造にも参入した。2025年時点の売上は860億ルピアに達している。

トヨタ・ホンダ・デンソーとの30年超の協業実績を持つ自動車部品大手のAstra Otopartsは、医療機器市場への本格参入を宣言した。Astra Otopartsが自動車業界で培ってきたものづくりの能力、国内を網羅する販路やサービスネットワークは、医療機器業界でも強みになる。また、Astraグループは、国内最大規模の民間病院であるHerminaグループ(53病院)や、循環器の専門病院であるHeartologyにも資本参加しており、当病院との関係を活かして、新たな医療機器のインドネシアでの使用実績や医師への浸透を進めることもできる。前述のKalbeを含め、インドネシアの大手財閥が医療機器に本腰を入れてきたことで、従来型医療機器代理店に満足していた外資系企業にとっても、より力のあるパートナー候補が出てきていることは望ましいことだ。

では、どの製品領域に力点を置くべきだろうか。競合構造と市場成長の両面から答えを出す。

3. 有望製品セグメントの特定

全ての医療機器が等しく現地化の機会を持つわけではない。製品カテゴリ別の競合構造・現地化難易度・市場成長性を重ね合わせると、優先すべきセグメントは自ずと絞られる。

機械式製品(病院ベッド、ストレッチャー等)や消耗品(注射器、手袋等)は、既に現地企業が市場の50〜60%を占め、新規参入余地は限定的だ。一方、IVD(体外診断)・画像診断機器は、外資系企業が公立病院市場の40〜55%を握っており、現地調達率もまだ高くないことから、一気に現地化を推し進めるプレイヤーが現れると、市場シェアが大きく変化する可能性がある。

インドネシア政府自体も、特に現地生産化を推し進めたい製品として、80製品を挙げているが、著者が注目しているのは以下の領域だ。

IVD(臨床化学分析装置・血液分析装置・試薬)
国民皆保険の対象検査拡大と、CKG(Cek Kesehatan Gratis:無料健康診断プログラム)の全国展開によって、継続的な検査需要の拡大が期待されている。現地組立や試薬のローカライズでTKDN40%以上の達成が技術的に可能なカテゴリであり、Abbottが試薬製造検討に着手しているのはその証左だ。市場規模は2030年に推計10億ドル超。

超音波診断装置・X
保健省が2025〜2029年の優先国産化製品リストに明示しており、SIHRENやSOPHI(一次医療強化プログラム)等の政府プログラムで安定した需要が確保されている。センサーや制御ソフトは外資が提供し、アッセンブリーをローカルに委ねる分業モデルが成立しやすく、現地メーカーも超音波診断装置の自社ブランド開発を推進中だ。

人工呼吸器・電子機器
ICU・NICUの拡充方針を背景に需要は堅調。Mindray-GTMモデルが実証した通り、設計・技術移転を外資が担い、現地メーカーが40〜80%のTKDNを達成できる構造にある。設計段階からの現地関与が高スコアの鍵となる。臨床的な替えのきかない生命維持装置であるため、病院側の価格感応度は他製品より低く、マージンも確保しやすい。

Sign up for our newsletter

ニュースレターの購読をご希望の方は、下記フォームにご記入の上「送信」ボタンをクリックください。

Publications
更に表示