本社は何を握り、何を委ねるのか

本社は何を握り、何を委ねるのか

2026年9月1日

グループ経営における意思決定権の設計論

企業の組織改革を見ていると、不思議な光景に出会うことがある。ある企業は持株会社へ移行し、事業ごとの自律性を高めようとする。一方で別の企業はグループ会社を統合し、本社主導の運営へ舵を切る。権限を事業に委ねる企業もあれば、本社へ集約する企業もある。本来であれば異なる課題に対する処方箋にも見えるが、実際には同じ時代に、同じような環境変化の中で、正反対とも言える選択が行われている。

さらに興味深いのは、その理由である。組織再編の発表資料や経営者のメッセージを読んでいくと、「意思決定の迅速化」「顧客への対応力向上」「成長投資の加速」「経営資源の最適活用」といった言葉が並ぶ。持株会社化を進める企業も、事業統合を進める企業も、語っている課題そのものは驚くほど似ている。目指しているものが同じならば、なぜ選択される組織はこれほど異なるのだろうか。

持株会社か事業会社か、本社主導か事業主導か。私たちはつい組織形態の違いに目を向ける。しかし企業が本当に変えようとしているのは何なのだろうか。組織再編が繰り返されるたびに変わるのは会社の形である。それにもかかわらず、多くの企業が追い求めているものは共通しているようにも見える。

持株会社制の是非を超えて見たとき、企業は何を設計しようとしているのか。本稿では、その問いをグループ経営の視点から考えてみたい。

組織形態は答えではない

グループ経営の議論では、持株会社か事業会社かという組織形態がしばしば論点になる。持株会社への移行や事業統合は経営改革の象徴として語られ、組織図の変化は企業変革そのもののように扱われる。しかし現実には、同じ業界の中で異なる組織形態が選択され、同じ企業であっても時代によって組織設計は変化する。組織形態そのものに普遍的な正解があるわけではない。

そのことは、多くの企業が環境変化に応じて組織形態を見直してきた事実からも分かる。持株会社化を進めた企業が後に統合へ向かうこともあれば、一体運営から分社化へ進む企業もある。それは過去の判断の失敗を意味しない。その時々の事業構造や成長課題に対して合理的だった設計が、環境の変化によって見直されているだけである。

そもそも、会社を分けることと経営を分けることは同じではない。法人格が分かれていても、本社が事業運営を強く統制している企業は存在する。一方で、一つの会社の中に複数事業を抱えながら、高い自律性を実現している企業も存在する。組織図だけを見ても、経営の実態は見えてこない。

企業が組織改革によって変えようとしているのは、会社の数や法人格の形そのものではない。同じ持株会社であっても経営のあり方は大きく異なり、同じ事業会社であっても組織運営は全く異なるものになり得る。組織形態は企業の意思を表現する手段の一つに過ぎず、それ自体が経営モデルを決めているわけではない。

組織形態の違いだけでは、なぜ企業が異なる選択を行うのかを説明できない。では、企業は何を変えようとしているのか。視線を組織図の先へ移すと、グループ経営の本当の論点が見えてくる。組織形態の背後で設計されているものは何なのだろうか。

グループ経営は、統合と自律の間で揺れ続ける

組織形態の背後へ視線を移すと、多くの企業が共通して向き合っている課題が見えてくる。それは、本社へ権限を集約するのか、それとも事業へ委ねるのかという問題である。持株会社化や事業統合、分社化やカンパニー制の導入といった施策は異なって見えるが、その奥には一つの問いが横たわっている。グループ全体としての一体性を高めるのか、それとも事業ごとの自律性を高めるのかという問いである。

本社へ権限を集約する理由は明快である。複数事業を抱える企業では、人材、技術、顧客基盤、資金といった経営資源を全体最適の観点から再配置したいという要請が強まる。重複投資を避けたい。事業間の連携を高めたい。成長領域へ大胆に資源を振り向けたい。そう考えれば、本社の役割は自然と大きくなる。統合がもたらす価値は、個々の事業を超えた視点から資源を配分できることにある。

一方で、事業への権限委譲にも同じだけの合理性がある。市場や顧客に最も近い場所にいるのは本社ではなく事業である。変化の激しい環境では、すべての判断を本社へ持ち帰っていては対応が遅れる。顧客への適応力を高めたい。新たな事業機会を素早く捉えたい。そうした要請が強まるほど、権限は事業側へ委ねられていく。自律がもたらす価値は、市場変化への即応力にある。

難しいのは、この二つの価値がどちらも正しいことである。全体最適を重視し過ぎれば、組織は市場から遠ざかる。反対に、自律性を重視し過ぎれば、重複投資や部分最適が生まれやすくなる。企業は統合か自律かを選んでいるのではない。その両方を同時に実現しようとしているのである。

多くの企業が組織改革の理由として掲げる「スピード向上」という言葉も、そのことを象徴している。ある企業は意思決定を速くするために権限委譲を進める。一方で別の企業は、組織内部の調整を減らすために統合を進める。どちらもスピードを求めているが、解こうとしている問題は異なる。

グループ経営とは、組織形態を選ぶことではない。どこまで統合し、どこから自律化するのか。その境界線をどのように引くのかという問題である。そして、その境界線は最終的に本社と事業の間に配置される権限として表れてくる。企業は何を基準にその境界線を引いているのだろうか。

本社とは、意思決定権を集約する場所である

グループ経営の議論では、本社機能という言葉が頻繁に使われる。戦略、人事、財務、法務、広報。どの機能を本社が持つべきか、本社をどこまで強くするべきかが語られる。しかし、この見方だけでは、本社が企業価値創造の中で果たしている役割を十分に説明できない。企業によって本社の性格が大きく異なるのは、持っている機能が違うからではない。

本社の役割は業務を処理することではない。本社が存在する理由は、グループ全体の利益のために、特定の意思決定を一か所へ集約することにある。人事部門が存在するのは人事業務を行うためだけではなく、人材に関する重要な判断をどこで行うのかを定めるためである。財務部門も同様に、資本配分や投資判断をどこで担うのかという問題と結び付いている。戦略部門もまた、事業の方向性に関する判断を誰が行うのかという問いへの一つの答えとして存在している。

同じ「強い本社」という言葉で語られる企業であっても、その中身は大きく異なる。投資や撤退を主に担う本社もあれば、人材や技術を横断的に活用しながら価値創出を進める本社もある。さらに事業運営そのものへ深く関与する本社も存在する。その違いを生み出しているのは組織図ではない。本社がどの意思決定を握っているのかである。

持株会社か事業会社かという違いだけでは、経営の実態は見えてこない。持株会社体制であっても、本社がほとんどの重要事項を握っている企業もあれば、事業側へ広く権限を委譲している企業もある。逆に、一つの事業会社であっても、本社が資本配分や人材配置を強く統制している企業は少なくない。経営の実態を形づくっているのは法人格ではなく、意思決定の配置なのである。

こうして見ると、本社を強くするべきか弱くするべきかという問いそのものが適切ではないことが分かる。企業ごとに異なるのは、本社の大きさではなく、本社が担う判断の範囲である。本社に何を集約し、何を事業へ委ねるのか。その違いが企業ごとの経営モデルを生み出している。

では、本社が握る意思決定にはどのような種類があり、何を基準に本社と事業の間で配分されているのだろうか。そこに目を向けると、企業ごとの違いを生み出している構造が見えてくる。

意思決定には四つの階層がある

企業ごとのグループ経営の違いを生み出しているのは、本社がどの意思決定を握り、どの意思決定を事業へ委ねているのかである。では、その意思決定にはどのような種類があるのだろうか。

本社が担う意思決定は、大きく四つの階層に整理できる。第一は、投資、撤退、M&A、資本配分といったポートフォリオ意思決定である。第二は、人材、技術、ブランド、データといった共通資産に関する意思決定である。第三は、顧客基盤、サプライチェーン、地域戦略など、複数事業をまたがるグループ最適意思決定である。そして第四が、商品開発、営業、生産、サービスといった事業運営意思決定である。

この四つは同じ性質の意思決定ではない。ポートフォリオ意思決定は企業全体の将来を左右するため、本社が担う合理性が高い。どの事業へ資源を投入し、どの事業から撤退するのかは、個別事業の視点だけでは判断できないからである。

共通資産意思決定も同様である。優秀な人材、重要技術、ブランド、データといった資産は、特定の事業だけに帰属するものではない。企業全体としてどこへ重点配分するのかによって、将来の競争力は大きく変わる。事業ごとの最適化だけでは、こうした資産の価値を十分に引き出すことは難しい。

さらに、複数事業を横断するグループ最適意思決定がある。顧客との関係、サプライチェーン、地域戦略などは、一つの事業だけでは最適解を導きにくい。事業ごとの利益最大化と、グループ全体としての価値最大化が一致しないことも少なくない。その調整を担うことも、本社の重要な役割である。

一方で、事業運営意思決定は性格が異なる。商品開発、営業、生産、サービスといった判断は、市場や顧客に近い場所で行われるほど質が高くなる。競争環境が変化する中で、すべてを本社が判断していては対応が遅れる。多くの企業が事業運営を現場へ委ねようとするのは、そのためである。

もちろん、どこまで本社が担い、どこから事業へ委ねるのかに唯一の正解はない。ポートフォリオ意思決定だけを本社へ集約する企業もあれば、共通資産やグループ最適まで本社が担う企業もある。さらに、一部の企業では事業運営への関与まで含めて、一体的な経営を志向することもある。

ここで重要なのは、本社機能の違いを組織図で説明しようとすると本質を見失うことである。企業ごとの差を生み出しているのは、本社組織の名称や部門構成ではない。本社と事業の間で、どの意思決定を誰が担うのかという設計である。

同じ持株会社であっても経営モデルが異なるのは、本社が握る意思決定の範囲が異なるからである。逆に、組織形態が異なる企業同士でも、似たような意思決定配置を採っていることは少なくない。本社機能論の本質は機能論ではない。意思決定権配置の設計論なのである。

グループ経営は完成しない

本社と事業の間でどの意思決定を分担するのか。その設計は、一度決めれば終わるものではない。なぜなら、その設計が支えようとしている事業そのものが変化し続けるからである。

企業の事業ポートフォリオは常に動いている。かつて中核だった事業が成熟し、新たな成長事業が生まれることもある。技術革新によって事業の境界が変わることもあれば、新たな競争環境の出現によって事業間連携の重要性が高まることもある。M&Aによって新しい事業が加われば、それまで存在しなかった関係性や経営課題も生まれる。事業構造が変われば、最適な意思決定配置も変わらざるを得ない。

実際、多くの企業の歴史を振り返ると、本社と事業の関係は一方向へ進化してきたわけではない。ある時期には事業の自律性が重視され、権限委譲が進む。ところが事業が増え、資源配分や事業間連携の重要性が高まると、本社機能の強化が始まる。さらに本社が担う役割が拡大すると、市場との距離や意思決定速度が課題となり、再び事業への委譲が議論される。企業が統合と自律の間を行き来するのは迷走しているからではない。変化する事業構造へ適応し続けているからである。

その意味で、持株会社化や事業統合を成功と失敗で語ることには限界がある。ある時点で合理的だった組織形態が、環境変化によって最適でなくなることは十分にあり得る。反対に、以前は不要だった仕組みが、新しい事業環境の中では重要な役割を果たすこともある。組織形態は固定された正解ではない。その時々の事業構造に対する一つの解答に過ぎない。

グループ経営を静的な組織論として捉えることはできない。本社と事業の役割分担は、一度決めて終わるものではなく、事業構造の変化に合わせて更新され続ける対象である。変わるのは組織図ではない。本社と事業の境界線であり、その境界線を形づくる意思決定権の配置である。

グループ経営とは、最適な組織形態を見つける活動ではない。変化し続ける事業構造に対して、本社と事業の間にどのような意思決定配置を設計するのかを問い続ける活動である。そして、その問いを担う存在そのものが、これからの本社の役割なのである。

本社の役割は管理ではない

持株会社制を採用するべきか、それとも事業会社として一体運営するべきか。グループ経営の議論はしばしばこの問いから始まる。しかし、それは入口に過ぎない。企業が向き合っているのは組織形態の選択ではなく、変化し続ける事業をどのように束ねるのかという課題だからである。

かつて企業は、既存事業を効率的に運営することによって成長することができた。しかし現在は、事業の境界そのものが変化し続けている。技術は業界を横断し、顧客課題は複数の事業領域をまたいで現れる。成長機会は既存事業の延長線上ではなく、事業と事業の間から生まれるようになっている。このような環境では、個別事業の最適化だけでは企業全体の成長を実現することは難しい。

だからこそ、本社の意味も変わり始めている。従来の本社は、事業を監督し、統制し、効率化するための存在として位置付けられてきた。しかし、事業構造そのものが変化し続ける時代には、それだけでは十分ではない。本社に求められるのは、成長機会に応じて資源を動かし、事業の組み合わせを見直し、新しい価値創出の可能性を発見することである。

グループ経営とは、組織図を描く活動ではない。企業価値を生み出すために、どの意思決定を統合し、どの意思決定を委ねるのかを問い続ける活動である。その問いに終着点はない。事業が変われば、最適な境界線も変わる。市場が変われば、本社が担うべき役割も変わる。

本社の役割は管理ではない。変化し続ける事業を束ねながら、企業全体としての成長を実現するために、意思決定の境界線を引き直し続けることである。グループ経営の本質は組織形態の選択ではなく、その境界線を設計し続ける営みにある。

ローランド・ベルガー 企業変革支援チーム

企業変革は、企業や組織が将来に対応できるよう導くことを目的とするものですが、それには変革を統括することに加え、組織、人材、およびステークホルダーとのコミュニケーションといった、企業変革に密接に関連した現場における豊富な専門性が求められます。ローランド・ベルガーの企業変革支援チームは、事業構造や財務構造の再構築、抜本的な収益改善、企業再生・変革を手掛ける業界横断型専門チームとして、クライアント企業の変革に向けた各種支援を行っています。

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田村 誠一(シニアパートナー)
・変革参謀として、経営層と協働する企業変革支援に精通。
・官民ファンドで投融資責任を負い、投融資先企業の再生と変革を主導。
・経営実務を経験(元JVCケンウッド代表取締役副社長、元ニデック専務執行役員)。JVCケンウッドではCSO/CFOとして中長期戦略策定と実行、事業COOとして事業再構築と実行を主導。ニデックでは買収事業(欧米中)の成長を現地経営陣とともに主導。

ポッドキャスト配信

・ローランド・ベルガーは、ポッドキャストの音声によるビジネス番組「変革参謀 -当事者が語るリアル-」の配信を2025年6月に開始いたしました。経営コンサルタントながらも変革をリードしてきた『当事者』としての視点を持つ田村誠一、野本周作(変革アドバイザー [非常勤])の2人が「企業変革とは何か」「企業変革のリアルとは」について語り合うトーク番組です。
・大企業からスタートアップまで、すべての企業経営者、ビジネスリーダーを支えビジネスの手助けとなる発見や示唆を提供することを目的としています。詳細は こちら からご確認ください。

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ローランド・ベルガーは、欧州発祥唯一のグローバル経営コンサルティングファームとして、世界を代表する企業と共に数々の変革を牽引してまいりました。
経営環境がかつてないスピードで変化する中、私たちは業界への深い知見と実行力を武器に、企業変革を主導し、競争力強化と持続的な成長を実現しています。
1967年の創業以来、ミュンヘンに本社を置き、世界各国で培った知見と専門性を結集しながら、データとAIの活用、そしてサステナビリティを軸に、新たな成長機会の創出と価値創造に取り組んでいます。

"その決意、前へ"
経営に、正解はありません。
経営者は常に不確実性の中で意思決定を迫られています。
最後までやり切る覚悟と、現実から目を背けない当事者意識が不可欠です。
欧州発祥のローランド・ベルガーは、多様なステークホルダーを抱えるクライアント企業と共に変革を実現してまいりました。
世界中の知見と多様な専門性を結集し、共に考え、共に動き、共にやり抜く。
難しい決断を、確かな前進へ。覚悟を、成果へ。

その決意、前へ。

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田村 誠一
シニアパートナー
東京オフィス, 東アジア
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