AIが書き換える組織:第2回(全3回)
By 田村 誠一
組織は「人の配置図」ではなくなる ── 成果責任と実行能力が分離され、組織の実体は書き換わる
AIが職場に入ることで変わるのは、個々の仕事だけではない。より本質的に変わるのは、何をもって「組織」と呼ぶのかという定義そのものである。従来、企業組織とは、人を部門に配置し、役割を分け、階層で管理し、会議と承認でつなぐ仕組みであった。しかし、AIが知的作業の一部を担い、部門横断で価値創出を支えるようになると、一部の先行企業では、すでに部門構造を前提としない形で業務を設計し直す動きも出始めている。しかし多くの企業は、依然として従来の組織構造のままAIを当てはめているに過ぎない。組織の実体はもはや「人がどう並んでいるか」だけでは説明できなくなる。必要になるのは、成果責任を持つ単位(以下、成果単位)、実行を横断的に支える中枢(以下、実行中枢)、独立した統制機能、そしてそれらを動かす新しい役割群から成る、別の組織アーキテクチャである。本稿では、AI時代の組織が何を単位とし、どのような構造へ移行し、どこに人が残り、何が新しい競争力の源泉になるのかを論じる。
問題はAIを使うことではない、組織の単位が変わることである
第1回
で見た通り、AIが導入されただけで会社全体は変わらない。部門ごとの単発導入をいくら積み上げても、従来の組織設計の上では価値が頭打ちになるからである。AIは、導入テーマである前に、組織設計そのものの前提を揺るがす存在である。ここで次に問うべきなのは、AIをどの業務に当てるかではない。AIが入ることで、企業は何をもって「組織」と呼ぶべきなのか、である。
従来の組織論は、人が唯一の知的作業主体であることを暗黙の前提としていた。人を採用し、部門に配置し、権限を与え、評価する。その前提のもとでは、組織とは人の配置と役割分担の体系であった。しかし、AIが文書作成、分析、検索、比較、論点整理、問い合わせ対応、監視、レコメンドといった仕事の一部を担い始めると、この理解は不十分になる。成果はもはや、人間個人の能力や人数だけでは生まれない。人が使うAI、チームで共有されるAI、横断的に管理されるAI、統制のもとで運用されるAIが組み合わさって、はじめて業務が回るようになるからである。
この変化を認めるなら、組織の最小単位も変わる。もはや、人がどの箱に属しているかだけでは組織を説明できない。どの単位が成果責任を持ち、どの単位が実行を横断的に支え、どの能力がどこで再利用され、どの統制機能がそれを監督しているのか。そこまで含めて、はじめて組織の実体が見える。AI時代の組織とは、「人が並んだ箱」ではない。役割・能力・責任・運営の組み合わせとして設計されたシステムなのである。
新しい組織の中核は、成果責任を持つ単位と横断実行を束ねる単位である
AI時代の組織を考える上で、まず押さえるべきなのは、従来型の機能別組織だけでは価値を出しにくいという点だ。AIは本質的に横断的な技術である。機能をまたいで情報を扱い、流れ全体を見通し、分断された作業をつなぎ直す。しかし旧来の組織は、仕事を部門単位に分割し、その境界を前提に責任を置いてきた。いまの構造のままでは、AIの横断能力は最も価値の高いところで使えない。実際、AI活用が進んでいる企業でも、機能別組織のままでは成果が局所にとどまりやすく、部門をまたいで再設計に踏み込んだ企業との間で差が広がり始めている。結果として、AIは各部門に配られた「便利な道具」にはなっても、会社全体を動かす能力にはならない。
そこで必要になるのが、成果責任を持つ単位と、実行を横断的に支える中枢の分離である。前者は、単なる機能部門ではない。顧客価値、事業成果、業務成果などの成果に責任を持つ単位であり、例えば「人材獲得」「受注から入金まで」「需要予測から供給調整まで」といった成果の流れに沿って設計されるべきものである。後者は、そうした成果単位を横断的に支える実行の中枢であり、共通データ、共通ワークフロー、AI活用基盤、標準プロセス、運用支援をまとめて扱う役割を担う。こうした横断的な実行を組織として束ねる機能を持つ企業ほど、個別のAI活用を全社能力へ転換できているという傾向が見られる。ここまで来て初めて、部門ごとの断片的なAI活用は、再利用できる組織能力へと変わる。
重要なのは、これが単なる「本社集約」ではないという点である。従来の本社機能は、しばしば管理・統制・調整の場として理解されてきた。しかしAI時代に必要なのは、管理部門の強化ではなく、実行能力を横断的に組み合わせて動かす中枢機能である。成果責任を持つ単位が「何を達成すべきか」を握り、実行を横断的に支える中枢が「どう実行するか」を支える。この二層構造を明確にしない限り、各所の成功事例は全社能力に変わらず、AIは局所最適のまま分散する。新しい組織は、箱を増やすことではなく、成果責任の単位と実行能力の単位を分けて設計することから始まるのである。
必要なのは権限集約ではない、権限分離である
AI時代の組織設計を考えるとき、多くの企業は「中央に集めるべきか、それとも現場に任せるべきか」という二者択一に陥りやすい。だが、この問いの立て方自体がすでに古い。問題は、どちらに寄せるかではなく、何を誰が持ち、何を持たないかを切り分けることにある。AI活用が進むほど、成果責任を持つ単位、実行を設計する単位、統制を担う単位が混ざると、速度も透明性も失われる。
新しい組織では、少なくとも三つの機能を分けて設計すべきである。第一に、成果責任を持つ単位は、「何を達成するか」「なぜそれが重要か」という優先順位と成果責任を担う。第二に、実行を横断的に支える中枢は、「どう進めるか」を担う。つまり、AIを含む能力をどう組み合わせ、どう流れを設計し、どう再利用できるようにするかを握る。第三に、統制機能はこれらとは独立して監督を行う。リスク、品質、説明可能性、利用ルール、監査可能性を担保するのは、この独立した機能である。AI時代に必要なのは、何でも中央に集めることではない。成果・実行・統制の権限を分けることである。
この分離がなぜ重要か。成果責任を持つ側が細部の実行まで握れば、横断能力は部門の代行に過ぎなくなる。実行を横断的に支える側が優先順位まで握れば、現場にとっては中央集権的に見えてしまう。統制機能が実行まで握れば、ガバナンスは本来の役割を超えて重くなり、変革そのものを止める。従来の企業では、こうした役割が曖昧に重なり、結果として会議・承認・説明の負荷が増えた。AI時代には、この曖昧さは決定的な弱点になる。AIの力は、役割が分かれ、能力が再利用できる状態になり、責任の境界が明確なときに最も大きく発揮される。
消えるのは仕事ではなく、古い役割定義である
AIが一部を担うことを前提に仕事を組み替えていくと、多くの人は「どの仕事がなくなるのか」と問う。しかし、より正確には、なくなるのは仕事そのものではない。古い役割定義のほうである。AI時代には、人が担う価値は、実行中心から、設計・接続・監督・例外処理中心へ移っていく。単純な自動化論や人員削減論では、この変化は捉えきれない。実際、AIの導入が進む企業では、単一機能の専門職よりも、複数の業務やプロセスを横断して設計できる人材の需要が高まっている。問われているのは、どの役割が不要になるかではなく、どの役割が新しく必要になるかである。
ここで立ち上がる役割は明確である。第一に、事業や業務を理解しながら、どこにAIを組み込めば成果につながるかを見極められるジェネラリストである。第二に、複数のAI、データ、業務手順、人の介入点をつなぎ、実際に動く流れを設計するワークフロー設計人材である。第三に、現場とAI、成果要件と技術要件、成果責任を持つ側と実行の仕組みをつなぐインターフェース人材である。第四に、品質・説明責任・監査可能性・利用ルールを担保するAIガバナンス担当である。これらはいずれも、従来の機能別組織にはうまく収まりにくい。共通して求められるのは、単一機能の深掘りだけではなく、横断的に接続する能力である。その結果、従来の職種分類では整理しきれない役割が増え、組織の中での位置づけも変わり始めている。
ここで重要なのは、価値を持つのが単に「AIを使える人」ではないという点である。価値を持つのは、AIを組織の能力として活かせる人である。プロンプトが上手くても、それだけでは足りない。どの成果単位に、どのワークフローで、どの役割分担で埋め込むかを設計できなければ、AIは局所活用で終わる。従って、この議論はスキル論のように見えて、実は役割の設計そのものを組み替える議論である。消えるのは仕事ではない。古い役割の切り方そのものだ。
タレント構造は変形する
人の会社は残るが、形は変わる
こうした役割の変化は、人材構成全体にも広がっていく。従来の企業は、多数の一般職層、厚い管理職層、その上に少数の上位層が乗る、比較的安定したピラミッド構造を前提にしてきた。しかしAI時代には、この形はそのままでは維持しにくい。まず、反復的な一般業務の多くは、AIや横断的な実行を支える側で吸収されやすくなる。文書整理、初期応答、照合作業、定型分析、ドラフト生成、ルーティン監視といった仕事が、部門ごとに分散したまま残る必然性は薄くなる。次に、中間層の役割も再定義を迫られる。情報を集め、資料を整え、部下の進捗を確認し、他部門と調整することに主な時間を使ってきた管理職の役割は、そのままでは価値を持ちにくくなる。
一方で、新たに求められる専門性は増える。実行を横断的に支える側には、AIワークフロー設計、データ運営、プロセス再設計、品質管理、ガバナンスといった新しい能力が必要になる。成果責任を持つ側には、単に人を率いるのではなく、AI前提で仕事を再構成し、判断すべきものだけを人に残せる人材が求められる。つまり、組織の規模は小さくなるかもしれないが、求められる専門性は高く、より横断的になる。ここで起きるのは、単純な人員削減ではない。どこに人が残り、どこからAIと横断能力に置き換わるのか、その設計が変わるのである。
見落としてはならないのは、AI時代になっても会社が「人の組織」であること自体は変わらないという点だ。だが、人で構成される会社の形は変わる。人数の問題というより、人がどこに残り、どこで責任を持ち、どこから実行を横断的に支える側に移るかの設計が変わるのである。ここを正面から設計しない限り、企業はAIを導入しても、必要な人材を持たないまま空洞化する。AI時代に起きるのは人の消滅ではない。タレント構造の変形である。
本当に強い企業は、IT基盤ではなく能力基盤を持つ
AI時代の組織競争力は、単に良いツールを持っているかどうかでは決まらない。より重要なのは、企業がどこまで能力を共通基盤として持てるかである。多くの企業は、共通クラウド、共通データ基盤、共通アプリケーションといったIT基盤の整備には関心を向けてきた。しかし実際には、IT基盤の整備だけでは組織全体の生産性は大きくは変わらず、業務のやり方そのものを共通化できた企業との間で、成果にはっきりとした差が生まれている。もちろん、それは重要である。しかし、AI時代に真に差を分けるのは、その上にどれだけ再利用可能な業務能力を載せられるかである。
例えば、提案生成、需要予測、契約レビュー、採用選考支援、問い合わせ一次応答、品質異常検知といった能力が、部門ごとの個別実装ではなく、全社で再利用可能な運営能力として組まれているかどうか。さらに、顧客接点に関わる能力――顧客理解、接点履歴、レコメンド、応答設計、案件化支援――が、営業、サポート、ECなどの部門ごとに縦割りで存在している限り、AIの価値は分断される。逆に、それらが共通能力として設計されれば、AIは複数の業務領域で使う中で知見が蓄積され、接点全体の質を引き上げることができる。ここで競争力になるのは、機能ごとの強さではなく、能力をどれだけ全体で使い回せるかである。これは単なる効率化の問題ではなく、企業全体の学習速度そのものに影響する要因でもある。
ここでいう基盤化は、単なる標準化ではない。本質は、一度つくった能力を複数の成果単位で繰り返し使えるようにすることにある。これができる企業ほど、変化への適応が速く、スケールも効きやすい。AI時代に強い企業とは、技術蓄積が優れている企業ではない。能力を再利用可能な形で持っている企業である。言い換えれば、組織の強さは、部門の強さの総和ではなく、能力がどれだけ基盤化されているかで決まる。第2回(本稿)の核心はここにある。組織は、人の配置図ではなく、能力をどの単位で持ち、どこに置き、どう運ぶかによって定義されるようになる。
組織は「能力を動かす仕組み」として再定義される
ここまで見てきたことを踏まえると、結論は明快だ。AI時代に起きているのは、仕事の機械化ではない。組織の定義の書き換えである。従来の組織は、人を部門に配置し、役割を分け、階層で管理する仕組みとして成り立っていた。だがAIが知的作業に入り込み、横断能力を持ち、共通能力として再利用されるようになると、その理解ではもはや足りない。何が成果責任を持ち、何が実行を横断的に支え、どこに統制を置き、何を人に残すのか。この構造全体で、組織を見直さなければならなくなる。
そこでは、成果責任を持つ単位と実行を横断的に支える中枢が分かれ、統制機能は独立し、新しい役割群が立ち上がる。タレント構造は変形し、人が担い続ける中核部分は縮小する一方で、接続・設計・監督の能力を持つ人材の価値は高まる。企業の競争力は、部門ごとの人数や階層の厚みではなく、能力をどれだけ再利用できる形で持ち、どれだけ全体で動かせるかで決まる。組織とは、人がどう並んでいるかではなく、能力と責任と統制がどう設計されているかで決まる。
ただし、ここで話は終わらない。もし組織の単位が変わり、役割が変わり、能力の持ち方が変わるのであれば、その変化は一度で終わるのだろうか。AIの能力が増し、使い方が変わり、統制の仕組みも進化し続けるとすれば、組み替えは一回で完了しないはずである。第1回では、AIは入っても会社は変われないことを見た。第2回では、その壁を越えるには組織の定義そのものを変える必要があることを見た。だとすれば次に問うべきは、その変化を、どう一過性で終わらせず、常態として回し続けるのか、である。次回は、この問いに向き合う。
ローランド・ベルガー 企業変革支援チーム
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