ROIC経営は、なぜ会社を成長させられなくなるのか

ROIC経営は、なぜ会社を成長させられなくなるのか

2026年8月31日

価値創造の源泉が変わった時代の評価思想

近年、日本企業は資本効率の向上を強く求められるようになった。ROIC(Return on Invested Capital:投下資本利益率)やROE(Return on Equity:自己資本利益率)、PBR(Price Book-value Ratio:株価純資産倍率)は経営の重要な指標となり、企業価値向上は経営の中心的なテーマになった。その結果として多くの企業で株価は上昇し、かつて日本企業に向けられていた「資本を使い切れていない」「収益性が低い」といった批判に応える動きも広がっている。日本企業の経営は、資本市場との対話を通じて確かに変わろうとしている。

その一方で、別の風景も広がっている。上場企業の配当総額は2013年度の8兆円から2024年度には25兆円へ、自社株買いは3兆円から17兆円へ増加した。¹ 企業が生み出した資金は株主へ大きく還元されるようになったが、そのことが新たな成長や価値創造への期待につながっているようには見えない。資本市場が成長資金を企業へ供給する場というより、企業から資金を回収する場へ近づいているという見方が生まれるのも、そのためだろう。

だが、この現象を株主至上主義やROIC経営の弊害として片付けることはできない。市場は目先の利益だけを見ているわけではない。現在の収益性では説明できない企業に高い価値を認め、将来への投資を支えてきたのも市場である。同じ市場が、ある企業には現在の利益を超える期待を寄せ、別の企業には資本効率の改善や株主還元を求める。その違いは、どこから生まれるのだろうか。

資本効率を高め、株価を上げることと、会社が次の成長を生み出せるようになることは、本当に同じなのだろうか。企業がまだ利益になっていない力へ資源を投じ、その価値を市場に示すには、何が必要なのだろうか。

¹出所:経済産業省『成長投資ガイダンス データ集』(2026年7月)

ROICは過去の成果を評価する

ROICは、投下した資本がどれだけの利益を生み出したかを示す指標である。日本企業にとってROIC経営の浸透は、資本配分を見直す大きな契機になった。低収益事業を見直し、遊休資産を圧縮し、限られた経営資源をより高い収益を生む領域へ振り向ける。その意味でROICは、企業価値向上に大きく貢献してきた。

しかし、ROICが評価しているのは、既に投じた資本が生んだ成果である。研究開発への投資が利益につながったのか。設備投資が生産性向上に結び付いたのか。新たな事業への投資が収益を生んだのか。ROICは、それらの結果を事後的に評価する。まだ利益になっていない可能性や、将来の事業機会そのものを評価する指標ではない。

だからこそROICには価値がある。成果を測り、過去の投資判断を検証し、次の資本配分を考える材料になる。資本効率の改善を促す役割は今後も変わらない。しかし、高いROICを実現している企業が将来も成長し続けるとは限らない。現在のROICが低くても、将来の成長に向けた投資を続けている企業は存在する。

ROICは優れた成果評価指標である。しかし、企業の将来を示す指標ではない。では、企業の将来に対する期待は、何によって評価されているのだろうか。

株価は未来の利益を評価する

ROICが過去の成果を評価するのに対し、株価は将来への期待を映す。投資家が買っているのは昨日の利益ではない。これから生み出される利益である。

現実の市場でも、その時点の利益だけでは説明できない企業が高く評価される。成長市場で顧客を獲得し続ける企業、先行投資によって事業基盤を築く企業、目先の利益より市場地位の確立を優先する企業には高い評価が与えられる。市場は現在の収益性だけでなく、将来の収益性にも値段を付けている。

したがって、株価とROICは同じ尺度にはならない。ROICは既に投じた資本が生んだ成果を示す。株価は、将来生み出されると期待される利益を現在価値へ変換する。高いROICを持っていても成長が期待されなければ株価は伸びず、現在のROICが低くても大きな成長が期待されれば高く評価される。

市場は未来を見ている。具体的には、市場は将来利益への期待を価格へ織り込んでいる。ROICと株価の違いは、過去の成果を評価するか、未来の利益を評価するかの違いにある。

市場が賭けているのは利益ではなく能力である

では、市場が本当に見ているのは、予想された将来利益だけなのだろうか。高く評価されてきた企業の歴史を振り返ると、それだけでは説明できないものが残る。

Amazonを高く評価していた投資家は、現在のAWSの規模や収益性を予見していたわけではない。Googleが検索事業を拡大していた時期に、AndroidやYouTubeが現在の地位に到達することを織り込んでいた投資家も多くなかっただろう。NVIDIAについても同じである。CUDA(Compute Unified Device Architecture)が生成AI時代の基盤となる未来は、当初から明確に見えていたわけではなかった。

それでも市場は、これらの企業に高い価値を認めた。市場が期待していたのは、特定の事業から生まれる将来利益だけではない。顧客や開発者との接点、蓄積される知識やデータ、事業を拡張できる基盤、変化に応じて資源を動かせる柔軟性である。市場はAWSやAndroidを予測したのではない。AWSやAndroidのようなものを生み出せる企業に賭けていたのである。

株価は最終的には将来利益への期待として表現される。しかし、その期待を支えているのは利益そのものではない。利益を生み出せる企業の力である。顧客との接点から変化を捉え、学びを蓄積し、新しい関係を築き、有望な領域へ資源を動かす。その積み重ねが新しい選択肢を生み、選択肢の一部が事業となり、事業の一部が利益へ変わる。

市場は利益に値段を付ける。だが、高いプレミアムを与えられた企業を振り返れば、市場が賭けていたのは、特定の事業から生まれる将来利益ではなく、利益を生み出し続ける能力だったことが分かる。

企業は評価される成果へ行動を最適化する

市場が利益を生み出す能力に期待するとしても、企業が日々向き合うのは利益やROICである。売上が評価されれば売上を伸ばそうとし、利益が評価されれば利益を増やそうとする。ROICが重視されれば、経営は資本効率を改善しようとする。評価体系は企業の状態を測るだけでなく、組織の関心と資源配分の方向を決める。

ここで一つのねじれが生まれる。市場は企業の能力に期待している。ところが企業が日々評価されるのは利益やROICである。市場が期待するものと、企業が説明しなければならないものは必ずしも一致していない。

AmazonやGoogle、NVIDIAが評価されたのも、能力そのものに価格が付いたからではない。投資家は、それらの企業が持つ顧客基盤やデータ、技術、エコシステムが、将来どのような利益を生み出すのかを期待したのである。市場が能力に期待しているとしても、その期待は最終的には利益の言葉で表現される。

企業は評価される成果へ行動を最適化する。利益が重視されれば利益を改善しようとする。ROICが重視されれば資本効率を改善しようとする。その一方で、顧客との接点を広げること、現場から学び続けること、新しい関係を築くこと、有望な領域へ資源を移すことといった活動は、短期的には利益やROICへの寄与が見えにくい。

企業が成長力を軽視しているのではない。利益を生み出す能力と、その能力が生み出す利益との間に距離があるために、企業は説明しやすく評価されやすい成果へ資源を寄せていくのである。

評価される成果と、価値を生み出す源泉が離れ始めている

工場や設備が価値創造の中心だった時代には、企業の成長力を説明することは現在ほど難しくなかった。設備投資によって生産能力が拡大し、生産能力の向上が売上や利益の増加につながる。その因果は比較的明確だった。企業が何に投資し、それがどのように利益へつながるのかを市場へ説明することも容易だった。

この構造の下では、成果を評価することが成長力を評価することにもつながっていた。工場や設備が生み出した利益を見れば、その企業が持つ競争力や成長可能性もある程度推し量ることができる。投下資本と利益の関係を捉えるROICは、過去の成果を評価する指標でありながら、企業が持つ成長力とも大きく離れてはいなかった。

しかし現在、多くの企業の競争力は財務諸表や設備計画に直接現れないところで形成される。顧客との接点から変化を捉え、得られた情報を学習へ変え、社内外に新しい関係を築き、有望な領域へ人材と資金を動かす。こうした営みが、既存事業の深化や転用、事業モデルの再構成を可能にし、企業が進み得る選択肢を増やしていく。

これらは工場や設備のように保有量を測ればよいものではない。顧客との接点が多くても、そこから学べなければ価値にはならない。優れた技術やデータを持っていても、社内外の関係を通じて活用できなければ事業にはならない。有望な機会を見つけても、人材と資金を既存事業から移せなければ選択肢は実現しない。個々の能力は相互に作用し、一連の動きとして機能した時に初めて次の利益を生み出す。

そのため、評価される成果と、価値を生み出す源泉との距離は広がっている。利益やROICとして確認できるのは、能力が選択肢を生み、その一部が事業となり、事業が成果へ変わった後である。成果が見えた時には、価値創造の源泉は既に過去の投資と行動によって形成されている。現在の成果だけを見ても、その企業が次の選択肢を生み出し続けられるかどうかは分からない。

成果の重要性が下がったわけではない。変わったのは、成果が生まれるまでの経路である。価値創造の源泉が目に見える資産から、顧客接続、学習、関係性、資源再配置へ広がるほど、成果評価と成長力評価は一致しなくなる。ROICが有効性を失ったのではない。ROICが映す成果と、企業の成長を左右する源泉との距離が広がったのである。

能力は、利益として説明された時にしか評価されない

では、企業は目に見えにくくなった能力を、どのように市場へ伝えればよいのだろうか。

市場は能力を評価しないわけではない。むしろ高く評価された企業の多くは、強い能力を持っていた。AmazonもGoogleもNVIDIAもそうである。ただし市場が評価できるのは、その能力が将来どのような利益を生み出すのかという物語が描けた時だけである。能力そのものに価格が付くわけではない。能力は将来利益への期待として翻訳されて初めて評価される。

能力を持つことと、その価値を説明することは別の経営行為である。優れた技術、人材、データ、顧客基盤を持っていても、それらがどのように顧客価値を生み、どのような事業へ発展し、どのような利益につながるのかを示せなければ、市場は十分に評価できない。反対に、現在の利益が小さくても、能力から選択肢が生まれ、選択肢が事業と利益へ変わる経路を示せる企業には、現在価値を超えるプレミアムが付く。

その結果、企業は説明しやすいものへ最適化していく。能力への投資が将来利益につながる因果を説明できなければ、その投資は不確実な費用に見える。一方で、コスト削減、低収益事業の整理、資産圧縮、配当、自社株買いは財務効果を説明しやすい。企業が評価されるものに最適化する以上、資源は不確実な能力形成よりも、効果を説明しやすい利益改善と株主還元へ向かう。

この構造の下では、株主還元は成長投資の反対概念ではない。将来の選択肢を示せず、能力への投資を正当化できない時に、余剰資金を市場へ戻すことは合理的な選択になる。資本市場が企業へ成長資金を供給する場から、企業の資金を株主へ還流させる場へ近づいて見えるのは、市場が短期利益だけを求めているからとは限らない。企業が、資金を内部にとどめて何を育て、どのような将来利益へ変えるのかを示せていない可能性もある。

逆に、能力を将来利益へ翻訳できれば、成長投資と市場評価は両立する。企業は、どの能力を形成し、その能力がどの選択肢を増やし、どの事業機会を生み、どのような収益構造につながるのかを示せる。市場はその因果にプレミアムを与え、企業は短期的な利益を抑えても中長期の成長へ資源を投じられる。

現代経営に求められるのは、能力を育てることだけではない。その能力がどのような利益を生み出すのかを説明することである。能力を利益へ翻訳できる企業だけが、成長投資と市場評価を両立できるのである。

能力を利益へ翻訳できるか

ROICは過去の成果を測り、株価は未来の利益を評価する。どちらも企業価値を考える上で欠かせない。問題は、ROICでも株価でもない。

ROIC経営の限界とは、ROICという指標の限界ではない。価値創造の源泉が変わったにもかかわらず、その源泉を利益の言葉へ翻訳する経営能力が追いついていないことの限界である。

企業は評価されるものに最適化する。だからこそ、企業価値向上と成長投資を両立できるかどうかは、何を育てるかではなく、何を説明できるかによって決まる。

これからの経営に求められるのは、顧客接続や学習、関係性や資源再配置といった能力を育てることだけではない。その能力がどのような利益を生み出すのかを市場に示すことである。

能力を利益へ翻訳できる企業だけが、成長投資と市場評価を両立できる。

ローランド・ベルガー 企業変革支援チーム

企業変革は、企業や組織が将来に対応できるよう導くことを目的とするものですが、それには変革を統括することに加え、組織、人材、およびステークホルダーとのコミュニケーションといった、企業変革に密接に関連した現場における豊富な専門性が求められます。ローランド・ベルガーの企業変革支援チームは、事業構造や財務構造の再構築、抜本的な収益改善、企業再生・変革を手掛ける業界横断型専門チームとして、クライアント企業の変革に向けた各種支援を行っています。

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田村 誠一(シニアパートナー)
・変革参謀として、経営層と協働する企業変革支援に精通。
・官民ファンドで投融資責任を負い、投融資先企業の再生と変革を主導。
・経営実務を経験(元JVCケンウッド代表取締役副社長、元ニデック専務執行役員)。JVCケンウッドではCSO/CFOとして中長期戦略策定と実行、事業COOとして事業再構築と実行を主導。ニデックでは買収事業(欧米中)の成長を現地経営陣とともに主導。

ポッドキャスト配信

・ローランド・ベルガーは、ポッドキャストの音声によるビジネス番組「変革参謀 -当事者が語るリアル-」の配信を2025年6月に開始いたしました。経営コンサルタントながらも変革をリードしてきた『当事者』としての視点を持つ田村誠一、野本周作(変革アドバイザー [非常勤])の2人が「企業変革とは何か」「企業変革のリアルとは」について語り合うトーク番組です。
・大企業からスタートアップまで、すべての企業経営者、ビジネスリーダーを支えビジネスの手助けとなる発見や示唆を提供することを目的としています。詳細は こちら からご確認ください。

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ローランド・ベルガーは、欧州発祥唯一のグローバル経営コンサルティングファームとして、世界を代表する企業と共に数々の変革を牽引してまいりました。
経営環境がかつてないスピードで変化する中、私たちは業界への深い知見と実行力を武器に、企業変革を主導し、競争力強化と持続的な成長を実現しています。
1967年の創業以来、ミュンヘンに本社を置き、世界各国で培った知見と専門性を結集しながら、データとAIの活用、そしてサステナビリティを軸に、新たな成長機会の創出と価値創造に取り組んでいます。

"その決意、前へ"
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最後までやり切る覚悟と、現実から目を背けない当事者意識が不可欠です。
欧州発祥のローランド・ベルガーは、多様なステークホルダーを抱えるクライアント企業と共に変革を実現してまいりました。
世界中の知見と多様な専門性を結集し、共に考え、共に動き、共にやり抜く。
難しい決断を、確かな前進へ。覚悟を、成果へ。

その決意、前へ。

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東京オフィス, 東アジア
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