「動いているのに動かない」会社:第2回(全3回)
By 田村 誠一
なぜ、CxOは機能しないのか ──「役職」ではなく「小さな経営チーム」へ
CxO*1は増えた。だが、会社全体を見る主体は増えていない。肩書きは整っても、意思決定の構造が変わっていないからである。多くの企業で起きているのは、経営の再設計ではなく、既存役職の読み替えに過ぎない。その結果、各機能は個別には高度化しても、全社最適を担う執行体制はなお弱いままである。見かけの進化と、実際の意思決定能力との間には、はっきりした隔たりが残っている。
*1 CxO: Chief x Officer(最高責任者総称)
第1回
で見たように、意思決定の詰まりは単に会議運営や判断の巧拙の問題ではなく、そもそも「誰が決めるのか」という主体設計の問題に行き着く。会議は存在していても、会社全体の優先順位を担う主体が弱ければ、意思決定は組織の中で拡散する。CxO論が本当に意味を持つのは、この問いを肩書きの話ではなく、経営の執行構造の話として捉え直したときである。本稿では、その観点からCxOの本質、日本企業で機能しにくい理由、そして何から着手すべきかを順に整理していく。
CxOは増えた
だが、会社全体を見る主体は増えていない
近年、日本企業でもCFO*2、CHRO*3、CDO*4、CSO*5といった肩書きは急速に普及した。表面的に見れば、日本企業の経営体制もグローバル標準へ近づいているように見える。実際、役員体制の図を眺めれば、以前よりも機能別の責任が明確になっているように映る。だが、その中身を点検すると現実はかなり違う。多くの企業で起きているのは、執行体制の再設計ではなく、役職名の刷新に過ぎないからである。
*2 CFO: Chief Financial Officer (最高財務責任者)
*3 CHRO: Chief Human Resources Officer (最高人事責任者)
*4 CDO: Chief Digital Officer (最高デジタル責任者)
*5 CSO: Chief Strategy Officer (最高戦略責任者)
この違和感の本質は、肩書きの数ではない。意思決定の単位である。日本企業では、CxOがしばしば既存の本部長や執行役員の延長にとどまる。財務は財務、人事は人事、ITはITのまま残り、それぞれが高度化する一方で、全社最適を担う横断軸は弱い。その結果、情報は増えるが優先順位は明確にならない。会議は増えるが、意思決定は鋭くならない。機能を細かく定義し直したにもかかわらず、会社全体をどう動かすのかという問いに答える主体が十分につくられていないのである。CxOを導入したのに企業が一段強くならないのは、まさにこのためである。
問われているのは、CxOを何人置くかではない。誰が、会社全体について、何を決めるのかである。実際、多くの企業では肩書きが整っても「最後は社長判断」であることに変わりがない。あるいは、各CxOがそれぞれの機能に閉じた最適化を進めるだけで、会社全体としての配分判断は誰も引き受けていない。役職の設置と執行構造の再設計とを切り離したままでは、会社全体の優先順位を担う主体は生まれないのである。
CxOは「役職」ではなく「責任の分割線」である
ここで一度、海外企業におけるCxOの位置づけを確認しておく。欧米企業においてCxOとは、単なる称号ではない。CEOを頂点として、財務、戦略、オペレーション、人材、技術といった領域ごとに、責任と意思決定権を切り分ける執行体制そのものである。そこでは、デジタル責任者や技術責任者も、システムやITの責任者にとどまらず、事業価値と全社変革を担う役割へと重心を移している。変革責任者もまた、戦略と実行をつなぐ中核として設計されている。CxOとは「役職名」ではなく、全社を動かすための責任配置そのものを指している。
重要なのは、そこで切り分けられているのが「担当業務」ではなく「経営責任」だという点である。誰が資本をどう配るのか。誰が人材ポートフォリオを変えるのか。誰が変革の優先順位を決めるのか。こうした線引きが明確だからこそ、CxOは企業全体を対象として機能する。言い換えれば、CxOとは専門機能の責任者である以前に、企業全体の意思決定を分解し、再統合するための責任の境界線なのである。ここが曖昧なままであれば、名称だけ整えても意味はない。
一方、日本企業のCxOは、企業が自主的に用いる呼称に過ぎない。このため、執行役員、本部長、事業部長との役割が重複しやすく、何をどこまで決められるのかが企業ごとにばらつく。結果として、CxOは「何を担当している人か」は示せても「何を全社として決める人か」は示せないことが少なくない。問題は、CxOが少ないことではない。CxOという名称が増えても「誰が何を決めるか」という分割線が引かれていないことにある。
グローバルを握れないCxOは経営を動かせない
ここで見落としてはならないのが、CxOのスコープである。CxOという概念は、本来グローバル統合を前提としている。財務、人事、IT、リスク、戦略といった機能は、企業全体で統一されて初めて意味を持つ。どこに資本を配るのか、どこに人材を投下するのか、どの基盤を全社で共通化するのかという問いは、本来、国や地域ごとに分断されたままでは答えられない。ところが日本企業の多くでは、コーポレート機能は国内中心に設計され、海外は事業部門や現地法人に委ねられたままである。この状態では、CxOの影響範囲は必然的に限定される。
結果として、CxOは企業全体ではなく、国内機能の責任者へと縮退する。肩書きはCFOでも、実態は本社財務の責任者にとどまる。CHROでも、実質は日本本社の人事責任者になる。CIO*6やCDOも、グローバルな共通基盤やデータアーキテクチャを握れなければ、単なる国内システム部門長に戻る。これでは経営全体を動かせない。意思決定の対象が企業全体ではないからである。
*6 CIO: Chief Information Officer(最高情報責任者)
CxOの問題は人物ではない。スコープの問題である。グローバルを握れないCxOは、経営を動かせない。逆に言えば、全社を対象とした責任範囲が定義されて初めて、CxOは本来の意味を持つ。CxOが機能するかどうかは、肩書きの有無や個人の力量以前に、その責任がどこまで企業全体に及んでいるかによって決まるのである。全社の配分責任を持たないCxOは、高度な専門家ではあっても、会社全体の執行主体にはなれない。
単一事業であれば、CxOは不要なのか
ここまでの議論に対して、しばしば生じる疑問がある。「CxOは、複数事業を抱える企業で資源配分を最適化するために必要なのであって、単一事業の企業では不要ではないか」という見方である。この理解は一見もっともらしい。たしかに、多角化している企業ほどポートフォリオの選択と集中が重要に見えるからだ。結論から言えば、これは誤りである。CxOの必要性は、事業数の問題ではない。意思決定を分解し、再統合する必要があるかどうかの問題だからである。
単一事業であっても、企業の中には複数の意思決定軸が存在する。例えば、短期収益と長期投資のバランス、顧客価値とコスト効率のトレードオフ、人材育成と即戦力配置の選択、技術投資と商業化の優先順位などである。これらは事業が一つであっても不可避に生じる対立であり、しかも単一の機能部門では解けない。従来の日本企業では、こうした調整は事業部長またはCEO個人に集中することで処理されてきた。暗黙のうちに「単一事業=単一判断主体」という構造が成立していたのである。
しかし、事業環境が複雑化し、投資判断、データ基盤、人材戦略、技術選択が高度化するにつれて、この構造は限界を迎える。すべての判断を一人で握るか、あるいは機能ごとに分断して判断するかのどちらかになりやすくなるからである。ここにCxOの本来の役割がある。CxOとは、事業を横断するためだけのものではない。単一事業の中に存在する複数の意思決定軸を、機能別最適に解体せず、企業全体として再統合するための構造である。この意味で、CxOの要否は企業の多角化度とは無関係である。むしろ、単一事業であっても判断軸が複雑であればあるほど、統合責任を分担できる構造が必要になるのである。
CxOチームは、従来の経営会議とは別物である
もう一つ重要なのは、CxOを「個」としてではなく「チーム」として捉える視点である。ここを外すと、日本企業のCxO論は肩書き論に回収される。多くの企業では、CFOやCHRO、CDOといった個別の役職を置くことが、そのままCxO体制の整備だとみなされる。しかし、企業全体の優先順位を担うというCxOの本来の役割は、個人の機能責任だけでは完結しない。財務、人材、戦略、技術といった複数の軸が衝突する場で、誰が何を優先し、どの資源をどこへ配るのかを決めるには、相互にぶつかり合いながら配分を確定する小さな経営チームが必要になる。CxOの本質は、個の専門性よりも、衝突する論点を全社として引き受ける集団としての設計にある。
この点で、CxOチームは従来の経営会議とは本質的に異なる。従来の経営会議は、多人数の部門長が参加し、主管事項の報告と調整を行う場として設計されている。そこでは、事前に整えられた案の確認や、部門間の整合を取ることが主な機能になりやすい。参加者が多ければ多いほど、議論は説明の連鎖になり、全社として何を優先するかという配分判断は先送りされやすい。結果として「報告はしている」「議論もしている」が「その場で決めない」構造が生まれる。調整の場としては有効であっても、全社の資源配分を決める場としては必ずしも強くないのである。
これに対して、CxOチームは少人数で構成されるべきである。企業全体の資源配分に責任を持つメンバーだけで議論する場だからである。ここで扱われるのは報告事項ではない。人材、資本、投資、撤退、重点領域といった、企業全体の優先順位そのものである。従って、違いは人数だけではない。目的が違う。構造が違う。経営会議が「調整の場」であるのに対し、CxOチームは「全社の資源配分を決める場」なのである。かつ、その場では合意形成そのものよりも、最終的に誰がトレードオフを引き受けるかが問われる。「CxOが機能する」とは、肩書きが増えることではなく、この小さな経営チームがその場で全社の優先順位を決められることなのである。
CxOが機能しにくい理由は、導入の問題ではなく構造の問題である
日本企業におけるCxO体制の限界は、導入の遅れや人材不足だけでは説明できない。より本質的には、事業部門とコーポレート機能、国内と海外、戦略と実行が分断されたまま並存しているという構造に起因している。日本企業は、強い事業部門と現場力によって成長してきた。その裏返しとして、企業全体を横断して資源配分を決める仕組みは制度化されにくかった。全社最適よりも事業単位の最適化が優先され、それを最後に統合する主体は暗黙のうちに社長個人へ集中してきたのである。問題は肩書きの不足ではなく、元々の経営OS(Operating System)が全社配分を前提に作られていないことにある。
この構造の上にCxOを載せても、分断は解消されない。むしろ、財務、人事、IT、戦略といった各機能がそれぞれCxO化されることで、既存の分断が新しい肩書きで固定化されるおそれすらある。財務は財務、人事は人事、ITはITとして高度化しても、それらがどの意思決定に、どの責任で、どう接続されるのかが定義されていない限り、CxOは全社最適を担う主体にはならない。形式としては整っていても、実際には誰も会社全体を見ていないという状態が生まれやすい。
こうした構造の下で典型的に生まれるのが「名ばかりCxO」である。これは、能力の低い人がCxOに就いたという意味ではない。むしろ多くの場合、役割と権限の設計が曖昧なまま導入されることによって生じる構造的現象である。何を決められるのか、誰に対してどの範囲で優先順位を課せるのか、どの会議体で最終判断に関与するのかが定義されていなければ、そのCxOは結局、肩書きだけが立派な部門長にとどまる。さらに深刻なのは、CEOとの関係である。CEOが重要意思決定を握り続けたままCxOが設置されれば、CEOとCxOの責任は二重化し、現場から見れば「最後は社長判断」という構図が何も変わらない。名ばかりCxOは、役職の乱造によって生まれるのではない。責任の線が引かれず、CEOの仕事が構造として分解されないまま、肩書きだけが先行することで生まれるのである。
何から着手すべきか
日本企業が最初に着手すべきなのは、CxOという肩書きを増やすことではない。まず決めるべきは、どの機能を全社として統合するのかである。すべてを一度に変える必要はないし、実際それは難しい。資本効率が課題ならCFO機能、人材戦略がボトルネックならCHRO機能、デジタル収益モデルの転換が必要ならCDOやCIO機能、変革そのものの推進が必要なら変革責任者機能を起点にするべきである。重要なのは、その役職に「担当業務」ではなく「どの資源配分を担うのか」を明示することである。ここが曖昧なままでは、どれだけ整った役員体制図を描いても、実際の意思決定は変わらない。
次に必要なのは、少人数のCxOチームを意図的に設計することである。これは既存の経営会議の看板を掛け替えることではない。多数の部門長が報告と調整を行う場ではなく、CEOと数名のCxOが、人材・資本・事業ポートフォリオ・変革優先順位といった全社アジェンダを扱い、その場で配分を決める小さな意思決定チームをつくることである。加えて、CEO自身が「何を残し、何を手放すか」を決めなければならない。CxO体制の成否は、どの肩書きを作るかよりも、CEOが本気で分権するかどうかによって決まる。CEOが重要テーマをすべて握り続ける限り、CxOは機能しない。逆に、CEOが方向性と最終裁定に集中し、配分と実行の責任をCxOへ明確に移すことができれば、執行体制は変わり始める。CxO導入とは、役職を増やすことではない。CEOの仕事を、企業全体の意思決定構造として再定義することなのである。
もっとも、決める主体を整えただけで企業が動くわけではない。問題は、その意思決定が実際の資源配分と現場の優先順位に変換される仕組みまで設計されているかどうかである。ここで初めて、中期経営計画というテーマは、単なる計画論ではなく、経営を動かす仕組みの問題として立ち上がる。主体設計の次に問われるのは、決めたことをどう会社の動きに変えるかである。次稿では、その中期経営計画がなぜ存在しても動かないのかを問う。
ローランド・ベルガー 企業変革支援チーム
企業変革は、企業や組織が将来に対応できるよう導くことを目的とするものですが、それには変革を統括することに加え、組織、人材、およびステークホルダーとのコミュニケーションといった、企業変革に密接に関連した現場における豊富な専門性が求められます。ローランド・ベルガーの企業変革支援チームは、事業構造や財務構造の再構築、抜本的な収益改善、企業再生・変革を手掛ける業界横断型専門チームとして、クライアント企業の変革に向けた各種支援を行っています。
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田村 誠一(シニアパートナー)
・変革参謀として、経営層と協働する企業変革支援に精通。
・官民ファンドで投融資責任を負い、投融資先企業の再生と変革を主導。
・経営実務を経験(元JVCケンウッド代表取締役副社長、元ニデック専務執行役員)。JVCケンウッドではCSO/CFOとして中長期戦略策定と実行、事業COOとして事業再構築と実行を主導。ニデックでは買収事業(欧米中)の成長を現地経営陣とともに主導。
ポッドキャスト配信
・ローランド・ベルガーは、ポッドキャストの音声によるビジネス番組「変革参謀 -当事者が語るリアル-」の配信を2025年6月に開始いたしました。経営コンサルタントながらも変革をリードしてきた『当事者』としての視点を持つ田村誠一、野本周作(変革アドバイザー [非常勤])の2人が「企業変革とは何か」「企業変革のリアルとは」について語り合うトーク番組です。
・大企業からスタートアップまで、すべての企業経営者、ビジネスリーダーを支えビジネスの手助けとなる発見や示唆を提供することを目的としています。詳細は
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ローランド・ベルガーについて
ローランド・ベルガーは、欧州発祥唯一のグローバル経営コンサルティングファームとして、世界を代表する企業と共に数々の変革を牽引してまいりました。
経営環境がかつてないスピードで変化する中、私たちは業界への深い知見と実行力を武器に、企業変革を主導し、競争力強化と持続的な成長を実現しています。
1967年の創業以来、ミュンヘンに本社を置き、世界各国で培った知見と専門性を結集しながら、データとAIの活用、そしてサステナビリティを軸に、新たな成長機会の創出と価値創造に取り組んでいます。
"その決意、前へ"
経営に、正解はありません。
経営者は常に不確実性の中で意思決定を迫られています。
最後までやり切る覚悟と、現実から目を背けない当事者意識が不可欠です。
欧州発祥のローランド・ベルガーは、多様なステークホルダーを抱えるクライアント企業と共に変革を実現してまいりました。
世界中の知見と多様な専門性を結集し、共に考え、共に動き、共にやり抜く。
難しい決断を、確かな前進へ。覚悟を、成果へ。
その決意、前へ。
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